匠雅音の家族についてのブックレビュー    ひとり親家庭|赤石千衣子

ひとり親家庭 お奨度:

著者:赤石千衣子(あかいし ちえこ)    岩波新書 ¥820 2014年

 著者の略歴−しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長。1955年東京生まれ。非婚のシングルマザーになり、シングルマザーの当事者団体の活動に参加。その後、婚外子差別の廃止や夫婦別姓選択制などを求める民法改正の活動、反貧困ネットワークにかかわる。反貧困ネットワーク副代表・社会的包摂サポートセンター運営委員・『ふぇみん婦人民主新聞』元編集長。 編著書に『母子家庭にカンパイ!』『シングルマザーに乾杯!』『シングルマザーのあなたに』(以上、現代書館)、『災害支援に女性の視点を!』(共編著.岩波ブックレット)ほかがある。
 シングルマザーの筆者が自らの体験を交えて、ひとりで子供を育てる人たちに、生活を豊かにする道筋を提起する、と扉には書かれている。
ひとり親(=本サイトの言葉では単親)の家庭は貧しいことが多いという。
本書はひとり親の厳しい生活環境を、余すところなく書いている。

 単親の家庭は増えている。
1998〜2003年にかけて、母子家庭は20%以上増加した。
父子家庭は20年前から比べると、33%増加している。
そのうえ、母子家庭や父子家庭の貧困率は高い。
単親の家庭の子供は、2人に1人が貧困状況にあるという。
我が国は男性優位の社会だから、そうだろうと思う。

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 母子家庭・父子家庭で暮らしている人々は、食べていくための暮らしはなんとか紡いでいるかもしれない。しかし子どもへの十分な教育費を捻出することは困難だ。日本では子どもを育てるのはまずは親の責任と思われており、実際にそうなつているのだが、ひとり親の子どもたちをひとり立ちできるまで育てる、その力はとても弱まっている。−はじめにX

 単親家庭が貧しいのは、単親たちが働いていないからかというと、そんなことはない。
我が国のシングルマザーの就労率は80%を超え、シングルファーザーのそれは90%である。
これらの数字は、世界的に見ても極めて高く、みな必死に働いている。
それでも貧しい。

 第1の理由は、シングルマザーには非正規就労者が多く、もともとの時給が低いことがある。
そのため、長時間にわたって労働しても、収入が大きくならない。
第2の理由は、シングルマザーの学歴が低く中卒者が多いので、時給の高い職種に就けないことだ。

 情報社会化はかつて正規労働者としてあったものを、どんどんと非正規に置きかえている。
かつては学校給食の職員や中小企業の経理などは、正規労働者の仕事だった。
しかし、今ではアウトソーシングと称して、非正規就労者へと切り替わってしまった。
公務員ですら、窓口の事務員は非正規就労者が多くなってしまった。

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 中小・零細企業の経営者にとって、子供のいる人を雇うのは、非常な冒険である。
子育て中の人は、本人の生活だけではなく、子供の日常生活をも背負っている。
そのため、就労中であっても、子供の様子に注意を払わざるを得ない。
仕事優先とはならないのだ。
子供のいる人といない人が応募してくれば、子供のいない人を採用するのは自然のことだ。

 筆者はひとり親家庭の貧しさを訴え、子育て中の家庭への理解を求める。
筆者の主張はよくわかる。
もうこれ以上、がんばれない…ほど、ひとり親たちは頑張っている。
そうだろうと思う。
現在の社会制度の中で、個別的に生活改善に取り組むと、筆者のような主張になるだろう。
しかし、小規模事業所の経営者も、生き残るために必死ではあるのだが…。

 筆者は最後に、今必要なひとり親のための施策として、次の10項目を挙げる。
以下は、ある程度の実現性のあるものだという。

  1.児童扶養手当の重要性の認識
  2.子ども支援・保育サービスの充実
  3.ひとり親の就労支援事業
  4.ひとり親医療費助成制度の現物給付制の拡大
  5.ワンストップで一度相談したら社会資源につながれる相談を
  6.子どもの教育に関する支援
  7.孤立を防ぐ ひとり親のニーズに合った交流事業
  8.養育費・面会交流に関する支援
  9.当事者の参加と事業委託先をオープンにすること
 10.そのほかの支援との連携による包括型支援

 自分もシングルマザーとして子育てをしてくると、空理空論ではなく実現可能な政策的な話になっていくのだろう。
現実の中では、堅実な話が優先するのは当然である。
本サイトのような現実離れした空論を、こねくり回す余裕がなくなる。
しかし、だからこそ当サイトの存在意義があるのだ。

 農耕社会では大家族が適合的だった。
工業社会では性別役割分業の核家族がうまく機能した。
全員を結婚させて、既婚者たちを福祉の対象にすれば、社会は順調に機能した。
しかし、情報社会では核家族制度を維持することが、社会の生産性向上の妨げになる。
今後の家族制度は、単家族制度でなければならない。

 貧富の格差が固定しつつあるように感じる。
我が国では、非正規就労者は永久に正規就労者になれない。
新卒時につまずいたら、大企業に転じることは不可能に近い。
大企業に勤める者は高給を稼ぐが、中小・零細企業に勤める者は、永久に低賃金のままだ。

 高給を稼ぐ者の子供は、高等教育を受けることができ、高収入の仕事に就く。
高給を取っていれば、たとえ単親でも家政婦さんを雇うことができる。
しかし、貧しい家庭の子供は、高等教育を受けることができず、低賃金の仕事しか得ることができない。

 
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 貧しさは貧しい子供を育ててしまう。
貧困は世代をついで連鎖してしまう。
すべての子供が高等教育を受けることができなければならない。
人材こそ最大の財産なのだ。優秀な子供を育てることこそ、大人たちの使命である。
すべての教育は無償であるべきだ。

単親を援助の対象とすることから、何としても卒業したい。
単親を選んでも、保護の対象にするのではない。
充分な収入を保障し、単親たちが税金を払えるようにしていく。
そうした方向こそ、全員が豊かになれる社会をもたらす道である。
そして、単親であることに誇りをもてる社会になってほしい。

 本書は単親の貧しさを丁寧に描いている。
現実の単親は貧しい。
だから、貧しさを克服する政策的な話になる。
しかし、本サイトは根源的な家族制度を考えている。
核家族制度から単家族制度へと変えていくことが、個人を単位とする情報社会では不可避である。
そして、子供は社会が育てることを制度化してはじめて、豊かな未来を確保できるのである。    (2014.6.25)
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参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
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大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
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黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
高倉正樹「赤ちゃんの値段」講談社、2006
デスモンド・モリス「赤ん坊はなぜかわいい?」河出書房新社、1995
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001、
杉山幸丸「子殺しの行動学:霊長類社会の維持機構をさぐる」北斗出版、1980
矢野智司「子どもという思想」玉川大学出版部、1995  
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
赤川学「子どもが減って何が悪い」ちくま新書、2004
浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972
ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
芹沢俊介「母という暴力」春秋社、2001
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
信田さよ子「父親再生」NTT出版、2010
山田昌弘「家族難民」朝日新聞出版、2014
赤石千衣子「ひとり親家庭」岩波新書、2014

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