匠雅音の家族についてのブックレビュー      官能論−祝祭としてのセックス|宮迫千鶴

官能論
祝祭としてのセックス
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筆者 宮迫千鶴(みやさこ ちづる)   春秋社 2006年 ¥1700−

編著者の略歴−画家、評論家、エッセイスト。1947年、広島県生まれ。1970年、広島県立女子大学文学部卒業。画家としての活動とともに写真・美術評論、女性の視点から文化論を展開。伊豆高原に転居後は、自然や暮らし、身体・いのち・霊性の不思議に着目、多くのエッセイを発表。1992年、『緑の午後』(東京書籍)が“世界でもっとも美しい本展M(ライプチヒ)で銀賞。著書に『ハイブリッドな子供たち』(河出文庫)、『母という経験』(学陽書房)、『草と風の癒し』(青土社)、『海と森の言葉』(岩波書店)、『「いのち」からの贈り物』(大和出版)、『美しい庭のように老いる』(筑摩書房)、『楽園瞑想』(共著、雲母書房)『はるかな碧い海−私のスピリチュアル・ライフ』(春秋社)など多数。

 晩年になって書かれた本書だけに、「サボテン家族論」や「ハイブリッドな子供たち」より、はるかに時代にあったものとなっている。
それにしても、61歳という早すぎる死が惜しまれる。

 セックスは身体が感じるものであり、身体の快感とは自然そのものだ。
しかし、身体が感じるセックスであろうと、じつは社会的な変形を受けている。
それは意識が洗脳されるからだ。
つまり、肉体的な感覚といえども、言葉によって制御されているから、社会性の支配を受けてしまうのだ。
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 電灯のなかった前近代は、小さな共同体からの締め付けが強く、身分制が強く人々を支配していた。
田畑で働いていさえすれば、身体まで殿様に支配されることはなかった。
村の全員が農業に従事していたのだ。
しかし、大正・昭和になると、女性たちから稼ぎが奪われて、女性がより劣位におかれるようになった。
同時に、女性のセックスも抑圧された。

 現代では電灯が発明されて、夜が暗くなくなった。
今ではどこでも明るい。
明るい夜を手に入れて、女性たちは自然の性感に目覚めたようだ。
筆者も言うように、それはなによりも、女性に経済力ができたからだ。
男性に頼らずに生きることが出来、はじめて女性たちはセックスも、自分の手に取り戻しつつある。
今では裸になる女性も登場したし、自分のセックスを語る女性も登場した。

 筆者は自分のことを振り返って、カソリックの女学校で6年間を過ごしたこと、近代の核家族という一夫一婦制度に汚染されていたことの、2つを取り上げて語る。

 多分、宗教は性をもてあましていたのかもしれない。いうまでもなくそれはこの社会の宗教が、「欲情し勃起しひたすら射精へと向かう男性原理」の性を前提として組み立てられていて、その中にある自然の攻撃性をなだめ手なずけるために理論構築されているからだろう。P16

 一夫一婦制の核家族が理想としているのは、処女と童貞の恋愛である。
そして、恋愛から結婚へと、性関係が閉じることである。
婚外のセックスを不倫というが、じつは婚前のセックスも否定している。
最近でこそ、できちゃった婚が普通になり、婚前交渉などといった言葉は死後になった。
しかし、理想の核家族は、婚前交渉を否定していた。

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 童貞と処女が結婚して、セックスをする。
結婚したら、セックスすることは義務づけられている。
ところで、セックス未経験の2人は、性愛の技法をどのように身につけていくのだろうか。
かつては若衆宿や夜這いなどによって、高齢者から性の手ほどきを受けた。
しかも性の馴染みが良いことを確認してから、所帯を持った。
それでも別れることがあった。

 童貞と処女では、性愛の技術など学びようがなかった。
筆者は次のように言う。

 「処女=性的無知」と「童貞=性的経験不足」の結果の当然の「性的貧困」ともいえる。「処女と童貞の純愛結婚」という近代的一婦一夫制は「性の悦楽」どころではなく、性的な不毛の荒地に流されたのだ。P22

 本サイトは、社会的には男女が完全に平等だが、個人的=身体的には男女は別物だと考えている。
社会的な性差と身体的な性別が、フェミニズムによって切りはなされた。
だから、男女平等を謳いながら、マッチョを演じても良いし、フェミニンを演じても良い。
それぞれの性的魅力で、異性を誘惑しても良いのだ。
女性が肌を露出して男性に迫っても良いし、勃起した男性器を女性に差しだしても良いのだ。

 社会性と個人性が切りはなされたから、フェミニズムは過激に性を謳歌できるようになったのだ。
しかし、我が国のフェミニズムはセックスを語らない。
フェミニストを自称する女性たちは、自分のセックスを語らない。
語らないことによって、一夫一婦的核家族の性秩序を許容している。
 
 ひたすら近代化をめざしたフェミニズムが置き忘れてきたもの、それは女が女である至福とは何かという問いの答えである。女が男と同等の人権的平等を持つこと、それは当然のことだ。だが、女は男と「同じ」ではない。男ができることの大半は女にできるし、男性的な回路で思考することも充分にできるが、女にしかできないことがあり、女にしか体感できないものがある。
 それが女のエロスであり、女の官能だ。P34


 西洋のフェミニズムは、女のエロスや官能を追求してきた。
それはカミール・パーリアの「セックス、アート、アメリカンカルチャー」や、多くのアメリカ映画が証明している。
本書はいささか老年期に差しかかった女性が、本当の解放を求めて、人間存在の根底的な模索をしようとしたものだ。

 一夫一婦的核家族は、セックスレスを必然とするというのは、まさにそのとおりである。
後半はオカルトチックになっているが、セックスの快楽は宇宙に匹敵するというのだろう。
現在のようにさまざまな娯楽があると、セックスを娯楽とは思えないかも知れない。
しかし、テレビもない雑誌もない時代では、セックスこそ最大の娯楽だったのだろう。
大学フェミニズムは、女性の解放にとって、むしろ障害であった。
 (2010.11.5) 
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参考:
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、 1972
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
レオノア・ティーフアー「セックスは自然な行為か?」新水社、1988
井上章一「パンツが見える」朝日新聞社、2005
吉永みち子「性同一性障害」集英社新書、2000
三橋順子「女装と日本人」講談社現代新書、2008
宮崎留美子「私はトランスジェンダー」株)ねおらいふ、2000
虎井まさ衛「ある性転換者の記録」青弓社、1997
杉山文野「ダブルハピネス」講談社、2006
上川あや「変えてゆく勇気」岩波新書、2007
岩井志麻子「オバサンだってセックスしたい」KKベストセラー、2010
森岡正縛「感じない男」ちくま新書、2005
宮迫千鶴「官能論」春秋社、2006

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