著者の略歴−1954年,福島県生まれ.東京教育大学文学部卒業.専攻,日本近世史.主な著書に,「江戸藩邸物語」「殿様と鼠小僧」(ともに中公新書),「小石川御家人物語」(朝日新聞社)などがある. 江戸の少年というと、どんなイメージが浮かび上がるだろうか。 本書は、少年つまり若者をキイワードに、江戸時代を考えた本である。表紙には、 8才の童女による出産、幼児虐待、同性愛、そして頻発する若者仲間の暴動……
と書かれている。 文字に書き表すと、どうしても特殊な事象ばかりになってしまう。 特殊な事象を通して時代を見ると、その社会はなんだか怪しげに見えてしまう。 本書にもそうした傾向がなくはないが、それを防ぐには沢山の文献にあたって、自分で規準を作るより他には方法がないのだろう。 わが国の江戸時代が、子供を大切にする社会だとは良く言われる。 幕末から明治にかけて、わが国を訪れた西洋人たちは、自然の穏やかさと人々の暮らしの清潔さ、そしてあたかも庭園都市のように季節の花々が咲き乱れる"大君の都"の美しさに目をみはった。(中略) なかでも彼らの心を和ませたのは、茶屋で給仕してくれる、含羞のなかにほがらかさに満ちたムスメたちと、無邪気で屈たくなく遊び興じる子供たちの姿だったかもしれない。P63 これは多くの来訪者が言うところでもある。 そして、次にこう書いている。 さらに彼は日本人の容姿についてふれ、その少なくとも西洋人の眼には美しく映らないものの一つである歯並びの悪さ、出歯の原因が離乳の遅れであるという説も紹介している。P66 として、当時の離乳期は西洋社会と比べて、信じられないくらいに遅かったと記す。 ここにくると、ちょっと首を傾げたくなる。 まずこの説が妥当かどうかの検討が必要だろう。 一般に農耕社会では歯並びが悪い。 つまり、衛生観念というのは、近代になって誕生したものである。 歯並びを云々するようになったのも、それほど昔のことではない。 私の旅行体験からしても、途上国では歯並びが悪いの普通である。 そして、眼病や皮膚病も多い。 筆者が時代に対する目をもっていれば、こうした記述をするだろうか。 本書に限らないが、江戸時代つまり前近代にも今日と同じ人間が生活していた、と考える傾向がある。 「子供の誕生」をあげるまでもなく、子供の役割が現代とはまったく違った時代を想像するには、筆者の確固たる規準が欲しいのである。 ただ日本近世史を専攻しているだけというのでは、歴史の真相を浮かび上がらせるには、ちょっと力不足と言わざるを得ない。 命自体が今日とは違う扱いだったのだから、間引きにしても虐待にしても、それらが起きた背景まで筆をすすめる必要があるだろう。 歴史を文献のなかに捜しがちだが、それと同時にアジアやアフリカ・南米の途上国を歩くことを怠ってはならない。
参考: アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000 M・ハリス「ヒトはなぜヒトを食べたか」ハヤカワ文庫、1997 早川聞多「浮世絵春画と男色」河出書房新社、1998 氏家幹人「大江戸残酷物語」洋泉社、2002 福田和彦「閨の睦言」現代書林、183 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999年 佐藤常雄「貧農史観を見直す」講談社現代新書、1995 高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年 佐藤常雄「貧農史観を見直す」講談社現代新書、1995
|