匠雅音の家族についてのブックレビュー 賃金破壊−労働運動を犯罪にする国|竹信三惠子

賃金破壊
労働運動を犯罪にする国
お奨度:☆  

著者 竹信三惠子   旬報社 2021年 ¥1,500−

著者の略歴−ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年 東京大学文学部社会学科卒、朝日新聞社入社、経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、2011-2019年和光大学現代人間学部教授。著書に『ルポ雇用劣化不況』(岩波新書、日本労働ペンクラブ賞)、『ルポ賃金差別』(ちくま新書)、『しあわせに働ける社会へ』(岩波ジュニア新書)、『家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの』(岩波新書)、『正社員消滅』(朝日新書)、『企業ファースト化する日本~虚妄の働き方改革を問う』(岩波書店)など。貧困や雇用劣化、非正規労働者問題についての先駆的な報道活動に対し、2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。
   我が国はほうんとうに貧乏国になってしまった。だから、家族を考える当サイトが、貧困を考えなければならなくなった。 安倍晋三は日本の統治機構を壊したと思っていたが、労使関係も破壊していた。

   本書は賃金破壊を安倍晋三の犯罪だとは言わないが、共謀罪法などに見られた手法が労働分野に持ち込まれている。 延べ89人が逮捕されているのだから、とうぜんに行政府の長は知っていたはずだし、むしろ安倍晋三が裏で操ってレール敷いたのではないかとさえ思う。

   関東地方ではほとんど報道されなかったので、当サイトも知らなかった。しかし、建築関係に従事する以上、知らなかったのは不覚だったとしか言いようがない。 事件の顛末は複雑だが、大阪、滋賀、京都そして和歌山警察がやったことはスト破りそのものだ。

   生コンを運搬するアジテータートラック、通称生コン車などの運転手でつくる労働組合「連帯ユニオン」は、全国でも珍しい産別組合である。 もちろん産別組合も、大阪府労働委員会から正式な労働組合だと認められている。

賃金破壊
     関東地方とちがって、関西では小さな生コン工場が多く、納入先から買いたたかれて値崩れしていた。そのためだろうか、関西の生コンは海砂を使ったりして、品質が悪いという評判だった。 1995年の阪神・淡路大震災では、高速道路などが倒壊したが、コンクリートの品質が悪かったせいだとの声もある。

   生コン工場は、砂利・砂などの骨材とセメントを水で混ぜて、生コン車で練りながら建築現場まで運ぶ。生コン工場は生コンを売って生計を立てているが、砂利・砂などの骨材とセメントを混ぜるだけだから、比較的簡単に参入できる。 だから零細企業が乱立して、ダンピング競争で価格低下がおき、そのしわ寄せが生コン車の運転手に来ていた。

   1990年頃には立米あたり¥12,000−から¥13,000−だったものが、1995年頃には¥10,000−を大きく切ってしまった。 運転手たちが悲鳴を上げ、「連帯ユニオン」という産別組合をつくって、値上げ交渉をしてきた。その結果、関西地区は関東地方よりも、少し高単価の生コンになっていた。 本書の資料によると、2005年頃の生コンの単価は、立米あたり東京が¥11,000−のとき、京都¥15,400−、和歌山¥15,000−、大阪¥11,800−、滋賀¥12,050−だったという。

   それでも生コン業者は零細が多く、生コン運転手の収入は安定しない。そこで、2017年12月12日に関西支部が、セメント・生コン輸送費の値上げを求めて、生コン車約1500台を止めるゼネストをうった。 その結果、それをそれぞれ、¥17,400−、¥17,000−、¥18,800−、¥18,700−へと値上げされた。しかし、価格決定権を奪われた使用者側は黙っていなかった。

   「連帯ユニオン」のメンバーのうち、大阪、滋賀、京都、和歌山など近畿地区の生コン企業の運転手らが加入する「関西地区生コン支部」(「関生〈カンナマ〉支部」)という労組の組合員らが、2018年の夏以降、ストライキや団体交渉を理由に相次いで逮捕され、しかも、工場のベルトコンベアに乗せられたかのように粛々と、大量に、起訴され続けている、と知人は言うのだった。
 逮捕者は1年後に、延べ89人に膨れ上がり、うち71人もが起訴され、有罪判決も出始める。だが、喫茶店での知人の話の中でとりわけ異様に感じたのは、滋賀県警で労働事件として逮捕された組合員が起訴されると、大阪府警がすぐさま出てきて、ほかの容疑を理由に同じ組合員を逮捕、勾留する、という、まるで警察署間の連係プレーのような手法が繰り返されていることだった。その結果、組合員はいつまでたっても保釈されず、延々と勾留が続くことになる。P4

   話としてはストをして、賃上げを勝ち取ったときに、資本側からの反撃が来たと言うだけだ。しかし、その反撃が常軌を逸したものだったのである。 団結権、団体交渉権、団体行動権(争議権)は憲法28条で保証され、労働法によって争議行為の迷惑行為は刑事免責されている。

   しかし、4つの警察は産別組合は労働組合ではないといって、暴力団と同じ反社会的組織として扱った。その背景には、企業内組合と比べて格段に交渉力の強い産別組合にたいする、総資本の恐怖があった。 かつて麻生太郎が社長を務めた麻生セメントなどは、セメント会社とゼネコンの間にある零細企業の組合が、生コンの価格決定権を握ることは許さないのだろう。

     この前後に起きた1973年と79年の2つのオイルショックを機に、日本社会は低成長に入った。低成長に見合った賃金抑制政策を掲げ、大槻文平(三菱鉱業セメント社長)を議長とする日経連「労働問題研究委員会」は1980年、日本の名目賃金は世界最高のグループに入ったとし、その上昇率を実質成長率以下に抑える「生産性基準原理の徹底」と「官公部門の効率化」を求める報告書を発表している。賃上げに成長率の天井を設けることで個々の会社の賃上げ競争を抑制して企業側の取り分を確保し、また、官公労の弱体化によって賃上げ勢力となりうる労組を抑え込むという対抗措置と言える。
 関西経営者連盟もこの時期、「賃上げを15%以内に抑制」とするガイドラインを打ち出し、全金大阪地本はこれを「不当労働行為」として、労働委員会に申し立てを行っている。労使の交渉で決めるべき労働条件を、上からの一律の枠はめで阻害し、経営側の賃金抑制を支援しようとするものとする批判だった。P163

   産別組合は我が国でこそ少ないが、世界の大勢は産別組合である。大小様々な企業がある中で、労働組合が渡り合うためには、企業内組合では無理だ。 ましてや、名目賃金の上昇率を実質成長率以下に抑えるような政府の方針が出てしまえば、個別企業内組合では戦えるはずがない。だからこそ、資本側にとっては関生組合は怖ろしかったのだろう。
   しかし、労働者の賃金を抑制すると、有効需要が低下してしまい、結局企業の首を絞めるのだ。本書でも「労組をつぶす社会」のじり貧、という稿を立てて論じている。

  「労組をつぶす社会」のジリ貧 大槻文平ら経済界は1980年代、オイルショックと「低成長」入りを理由に労組を抑え込み、「所得倍増」の空気を一変させた。それ自体は、人々に発想の転換を促し、社会を新事態に対応させる効用もあったかもしれない。だが、問題は、そうした40年も前の言説が日本社会につきまとい続け、非正規労働者が5人に2人にまで増えて日本が先進国中唯一、賃金が下がり続ける国となり、賃金の低下による「賃金デフレ」が消費を妨げ、貧困が蔓延する事態になってもなおこびりついていることだ。P178

   それにしてもマスコミは不甲斐ない。産別組合だから組合員のいない生コン工場にもオルグに行く。平和裏のオルグ行動は、組合員がいないがゆえに違法だと警察がいうと、マスコミはそれを信じてしまう。 組合員がいない企業にオルグできなくて、なんの産別組合なのだ。

   警察は組合を暴力団と扱い始めた。マスコミは警察に労働組合を暴力団だと扱われると、ビビって労働争議を報道しなくなる。 資本側はお金を使って、SNSに偽情報を大量に流して煙幕を張った。このあたりの手法は、安倍晋三の犯罪とそっくりだ。 首相が自国を崩壊させているのだから、何とも言いようがない。行き着くところまでいかないと、国民は覚醒しないだろう。

   本書は関東地方に関生コン事件を知らせてくれた。また、労働界でどんなことが進行中なのかを教えてくれた。 良書だと思うが、筆者が大学教授からジャーナリストという経歴からか、肉体労働の現場感が伝わってこなく、やや隔靴掻痒という所もあった。       (2022.2.22)
 
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参考:
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
永山翔子「家庭という名の収容所」PHP研究所、2000
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
ミシェル・ペロー編「女性史は可能か」藤原書店、1992
マリリン・ヤーロム「<妻>の歴史」慶應義塾大学出版部、2006
シモーヌ・ド・ボーボワール「第二の性」新潮文庫、1997
亀井俊介「性革命のアメリカ」講談社、1989
イーサン・ウォッターズ「クレージ・ライク・アメリカ」紀伊國屋書店、2013
エイミー・チュア「Tiger-Mother:タイガー・マザー」朝日出版社、2011
清泉 亮「田舎暮らしの教科書」東洋経済新報社、2018
柴田純「日本幼児史」吉川弘文館、2013
黒川伊保子「妻のトリセツ」講談社α新書、2018
先崎学「うつ病九段」文藝春秋、2018  

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