著者の略歴− 1939年神奈川県厚木市に生まれる。1961年中央大学法律学科卒。1972年マツミハウジング株式会社創業。「住まいとは、幸せの器である。住む人の幸せを心から願えるものでなければ、家造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。著書、「これからの家造り」「健康住宅造りへの提言」 住所、小金井市花小金井南町2−17−6 わが国の人たちは、自分の家が欲しくて仕方ないらしい。 しかも、一戸建ての家がである。 私は家という不動産を所有することには、必ずしも肯定的ではない。 まず何よりも良質な賃貸住宅があれば、それが一番に良いと思う。 家を所有する必要はない。
人間は一人で生まれ、一人で死んでいく。 その間に結婚したり、子供ができたりと、生活を共にする人数は変わる。 自分のものとなってしまった家は、人数の増減にうまく対応できない。 それよりも、賃貸住宅を引っ越しながら生活するほうが、はるかに合理的である。 しかし、わが国の賃貸住宅は、きわめて劣悪である。 狭くしかも家賃が高い。 その結果、高額な住宅ローンを組んでも、自分の家にしたほうが有利である。 だから仕方なしに、自分の持ち家ということになる。 これは政府の持ち家政策の結果であるが、このあたり事情は「住宅政策のどこが問題か」を参照して下さい。 それでも都市に住むのなら、一戸建てにはこだわりたくない。 都市居住は、共同住宅である。 つまりマンションである。 それもできれば賃貸がいい。 家賃を払うのとローン返済では、ローン返済のほうが有利だから、仕方なしにマンションを買うのである。 マンションを馬鹿にすることはない。 ふつうに建てられる1戸建ての住宅より、マンションははるかに住宅の性能がいい。 まず何よりも温かい。 そして静かである。 冷房もよくきく。
建物の維持管理は、全住民が分担するから、大きな負担にならない。 耐火建築だから、保険も安い。 マンションの立地は都心部や駅に近いから、生活に便利である。 建築の設計を業とする私でさえそう思う。 しかしそれでも、一戸建てが欲しい人がいる。 1戸建ての住宅を建てようと思ったとき、最初に考えるのは、かっこがいい家のはずである。 それは車を買うときと同じで、けっして家の性能が一番ではない。 その次に値段だろうか。 その次にやっと、性能のいい住宅が欲しい、と続くだろう。 居住のための性能については、本書を読んでいただくとして、その性能をどう保証するか、本書は3つあげる。 1.在来構造であること 2.外断熱であること 3.依頼先を間違わないこと 住宅には、木造住宅と鉄筋コンクリート住宅、それに鉄骨住宅がある。 筆者は、そのなかで木造住宅を選べという。 そして木造住宅のなかでは、在来工法とツー・バイ・フォー工法、それにプレファブ工法があるが、在来工法を選ぶようにいう。 私もこの選択には賛成である。 (ただし将来的には、プレファブ工法が有利になっていくだろう) 在来木造工法は、長い年月によって培われてきたものであり、さまざまな改良が施されてきた。 そして何よりも、形を自由に作ることができる。 木造在来工法は、デザインの自由度が最も高い。 かっこいいデザインが可能なのである。 もしかっこが悪かったら、それは設計者の能力が足りないだけである。 そして、外断熱であること。 外断熱のすすめが、本書のクライマックスである。 外断熱工事が終わった次の日が、梅雨の晴れ間のたいへん蒸し暑い日でした。 現場に昼過ぎに行って玄関ドアーを開けた瞬間、外よりも中の方が涼しいという信じられない事実に私はびつくりしたのでした。 それまで、外断熱工事とはじめて取り組んだ大工さんは、私と顔を合わせるたびに批判的なことを言っていたのですが、態度ががらりと変わってしまっていて、目を輝かせて言うのです。 「今朝現場に来て、玄関ドアーを開けたら、びっくりしたんですよ。エッ、クーラーがついているの? 本当にそう凝ってしまったほどに、さわやかに感じたんですよ! それで、なんだか窓を開けるのがもったいなくて、試しに閉め切ったままで仕事をしていたんです。いやあっ、驚さました。これはすごいものですよ!」P173 以前は内断熱、正確にいうと壁内断熱が主流でした。 いまでも大部分は、壁内断熱で施工されています。 木造では内壁と外壁のあいだ、つまり柱の太さが壁の厚さになりますから、この部分にグラスウールという綿状の断熱材を貼り込みます。 そのため充填断熱とも呼ばれています。 これは施工が簡単で断熱性能も高いのですが、壁内結露の恐れがあります。 それにたいして外断熱とは、外壁の屋外側にスタイロフォームという断熱を施すことです。 これは屋根と壁の部分のつながりを、きちんと施工するのが難しく、しかも施工費が高いので、あまり普及していませんでした。 しかし、ダウ化工はじめスタイロフォームなどを作っている会社が、外断熱のキャンペーンをおこないました。 そのため、外断熱が良いものとして認知されはじめました。 外断熱には私も賛成票を投じますが、外断熱は施工費が高くなります。 しっかりと施工すれば、壁内断熱(=充填断熱)でも充分にいけます。 建築の施工方法には、これが最高というものはありません。 良さそうなものを、少しずつ集めるのが、設計という行為です。 建築とは、妥協の産物です。 そうした目で、本書を読んでみて下さい。 本書がなぜこんなに人気があるのか、よく判らないのですが、自宅の建築を考えている方には、いくらか参考になるかもしれません。 住まい方のソフトについては、「家考」も参考にしてください。 (2009.5.21)
参考: ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981 野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996 永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993 服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001 エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000 高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008 矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007 黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997 増田小夜「芸者」平凡社 1957 福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005 イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997 エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970 オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997 ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002 増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996 宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987 青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000 瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001 鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999 李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983 ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999 武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967 ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001 R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001 平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
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