匠雅音の家族についてのブックレビュー    「終の住みか」のつくり方|高見澤たか子

「終の住みか」のつくり方 お奨度:

著者:高見澤たか子(たかみざわ たかこ) 集英社文庫 2008(2004年)年 ¥500

 著者の略歴−東京生まれ。早稲田大学文学部卒業。ノンフィクション作家。明治・大正期の特異な人物の伝記を執筆。また、高齢社会や家族の問題をテーマにした作品も多い。著書に『ある浮世絵師の遺産』『金箔の港−コレクター池長孟の生涯』『ときめき世代の生きがい探し』『ベアテと語る「女性の幸福」と憲法』『自立する老後のために』等。
 当サイトは建築を本業としながら、老年になってまで自宅を新築するとか、大改築することはないだろう、と思っていた。
歳をとったら、今まで住んできた家に、じっくりと住み続けるものだ、迂闊にもそう考えていた。

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 しかし、壮年期に建てた家は、子育てもあったりして、大きな建物だったり、段差の多い床だったりと、なかなかに不便なことが多い。
子供も育ち上がって、今では老人が2人だけとなった。

 たしかに歳をとると、ちょっとした段差でもつまずくし、転びやすくなる。
若いときと違って、転べば骨折しやすいし、一度骨折すると大手術になりがちである。
また、昔の家は、水回りが使いにくく、風呂場が寒かったりする。

 家の不便さに目がいって、建て替えとか大改修といった話になるらしい。
本書は、壮年期に建てた家を、大改修する話であるが、じつに納得である。
私自身、血圧が高いこともあって、浴室に小さなパネル・ヒーターを持ちこんで、暖房を取るようになった。
若い頃ならぐっと我慢ですんだが、今では身体に自信がないので、我慢はしないようになった。
 
 私たちが家を改築する決心をしたとき、何もあらかじめきちんとした計画があったわけではない。築後20年、55坪(181.5平方メートル)の敷地に建蔽率3割という厳しい条件で建てた家は、ざっと見渡したところ、まだきれいで、大々的な改築などもったいないではないかと言う人もいた。傷んだところを手入れしながら住み続けようかと考えてもみた。友人の新築した家を見せてもらって、羨ましくは思っても、自分たちがそんな面倒なことに手をつけるなんて、とんでもない話だった。P16

 しかし、筆者の夫が、パーキンソン病を煩ったことも手伝って、家のことを考え始める。
そして、建て替えるか、いろいろと考えたすえに、大規模な改築にふみだしていく。

 建築を造って提供するほうである私などから見れば、筆者の困惑、戸惑い、そして歓びなど、多くの人が示すいつもの風景ではある。
しかし、建築主は、おそらくたった一度の経験であり、しかも、建築は彼等の仕事ではない。

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 自分の仕事をしながら、慣れない建築の世界に必死で食らいつき、安全で快適な住まいの実現に、筆者たちは奔走する。
読者たる私も、つい応援したくなる。
と思ってみると、報告記だから建築はすでに終わっている。

 筆者の「終の住みか」作りは成功したようで、筆者は嬉しそうな感想を書いている。
必ずしも成功例ばかりではないなかで、上手くいって良かった。
おそらく内心では、あそこをこうすれば良かったと思いもするだろうが、おおむね成功で良しとすべきなのだ。

 「しかし、その反面『自分はこういう家に住みたい』という自覚をもって、家を建てる人は少ない。『どんな家に、どんなふうに暮らしたいですか』と質問すると、『4DK』とか『5DKにしてほしい』という答えしか返ってこない」という話を聞かせてくれたのは、建設会社社長の吉川清司さんでした。要するに「住まい」は「間取り」という考え方です。商品としての住宅のイメージが、あまりにも大きく私たちを支配してきたためでしょうか。
 これからの住まいづくりに必要なのは、「自分らしさ」の主張であり、より積極的な「生活哲学」だと思います。P237


と、筆者も言うように、なかなか生活哲学をもっている人は少ない。
自分の生き方に自覚的ではないので、家や住まい方のイメージを表現できないことが多い。
そのなかで、おおむね満足できる家ができたことは、大成功である。

 新築か大改造かは、難しい問題ではある。
しかし、自分のイメージする家が表現できないため、新築すると実感をもって満足できないことが多い。
自分では新しい家にイメージを持っているつもりでも、ほとんどの人がそのイメージを設計者や施工者に伝えられない。

 イメージは持っているつもりだから、新築住宅と持っていたつもりのイメージが、違うということになりやすい。
表現できないイメージはないに等しいのだが、イメージを持っているつもりであるだけに、こんなはずではという落胆が大きい。 

 それに対して、改築は具体的な改修目標を持っており、不具合が実際に改善されるから、満足度が大きい。
自分の経験でも、いままで新築に比べると、改修では大満足という建築主が多かった。

 筆者も、悪戦苦闘の日々といいながら、家の改修を楽しんでいる。
本書は、建築を作る方にも、参考になる部分が多かった。 (2008.8.19)
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参考:
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か その言説と現実」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう」鹿島出版会、1985
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970

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