匠雅音の家族についてのブックレビュー     日本論の視座−列島の社会と国家|網野善彦

日本論の視座
列島の社会と国家
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著者:網野善彦(あみの よしひこ)−小学館ライブラリー、1993年 ¥1、000−

著者の略歴−1928年山梨県生まれ。1950年東京大学文学部史学科卒。現在、神奈川大学短期大学部教授、神奈川大学日本常民文化研究所所員。日本中世史、日本海民史専攻。 主な著書に「中世荘園の様相」(塙書房)「蒙古襲来」(小学舘)「無録・公界・楽」「異形の王権」(平凡社)「中世東寺と東寺領荘園」(東京大学出版会)「日本中世の民衆像」「日本中世の非農業民と天皇」(岩波書店)「東と西の語る日本の歴史」(そしえて)「中世再考」(日本エディタースクール出版部)「日本民俗文化大系」「海と列島文化」(共編著・小学舘)など多数。
 <日本とは何か>は、この筆者の提言によって、論争的な主題になった。
それまで日本は単一民族であるとみなされ、日本は太古の昔から存在したと考えられがちで、
いつから日本が誕生したかは考察の対象になることは少なかった。
また、歴史の古いことが正当性の証と考えたがるので、縄文時代までも日本の歴史を拡張しがちであった。

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 筆者は、日本という国号が遡れるのは、それほど古いことではないという。
古代史家の通説は、701(大宝元年)年の遣唐使が使ったのが、最初だとしている。
 
 「日本」はそれ自体、当然ながらまったく歴史的な産物なのであり、 それゆえ、いまだに広く世に行われている「はじめに日本人ありき」とも いうべき枠組に立った歴史像を、われわれはただちに捨てなければな らない。それは事実に即して誤っているがゆえに、日本そのものに対 する見方を、これまで大きく誤らせつづけてきたと私は思う。P20

という筆者の意見は、まったく当然だと思う。
むしろ、歴史を遡って日本の誕生を無自覚にするのは、現代の日本社会を正確に認識するうえでも、百害あって一利なしだと思う。
自己を相対的に見ない発想は、信仰に過ぎず時代の検証には耐ええないものである。

 日本単一民族論や日本島国論の再検討も、筆者の主張するところである。
日本民族論も、沖縄やアイヌなど別の人種がいることは自明であり、単一民族論が破綻していることは周知である。
むしろ在日韓国人の日本国籍取得の問題など、多民族で成り立つ国家だと認めたほうが、これからは上手くいくとおもう。

 国家は観念の産物だから、多民族で構成されていても、まったく不都合はないのである。
それに米食民族というのも、おおいに再検討の余地がある。
米を好んだことは確かだろうが、庶民の食生活は米に限定されたわけではなく、
雑食だったと考えるほうが理にかなっている。
ここまでは筆者にまったく賛成である。

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 筆者のもう一つの主張である、日本は島国ではなかったというのは、少し留保が必要だろう。
筆者は南北に長い日本列島は、ロシアから台湾あたりまで一列になった領域であり、島国として孤立してはいなかった、という。
確かに海は交通を途絶させるものではなく、ある意味では交通を促進させるものでもあった。
船というものは、人力が運ぶより、はるかに大量の物資を交易させ得る。
とりわけ、夏の日本海は波もなく、交易には便利であったろう。
海を越えて人が行き来したことは充分に考えられるし、また事実そうだったであろう。

 しかし、交易を言うあまり、農業生産物の重要性を見落としてはならない。
人間の生存を根底で支えるのは、農業生産物であり海からの幸ではない。

 農業の優位が決定的となり、天皇および神々そのものの権威の衰えが著しくなってきた室町期以降の社会の中にあって、海民の中で漁労を主とするようになった人びと−漁民の地位の低下が顕著になってきたことも、否めない事実である。P64

 筆者は税として支払われていた物産品から、農民・漁民といった分け方をする。
海産物を税として支払っていたのは漁民というわけだ。
たしかに税としては海産物で支払ったかもしれないが、その人たちが農業に従事していなかったかというと、少し疑問である。
たとえ純粋漁民がいたとしても、彼らの人口がそれほど多かったとは思えない。
なぜなら、農業技術が改良され、農業の生産性が向上して初めて、非農民が広範に誕生するのである。

 農業生産性が低い時代には、自分たちの食いぶちを生みだすだけで精一杯だったはずである。
それは第3次産業が繁栄するのは、第2次産業の成熟後であるのと同じことである。

 本書で最も引かれたのは、第5章の<日本の文字社会の特質>である。

 広範囲にわたって(わが国の)被支配層が識字・計数能力を保持していることを前提として組織された国家権力は、世界の前近代の諸国家の中で見ても、やはり稀有なあり方を示すものといわなくてはなるまい。しかも、こうした識字・計数能力を庶民−被支配層が保持していることが、決してただちに自由と民主主義を保証することにならず、かえって支配者の「専制的」な統治を容易にする場合もありうることを、この日本の幕藩体制はよく示しているということもできるのである。P358

文字は支配者のものといわれる所以だが、筆者の展開する文字論は実に興味深い。

 世界でも稀に見るといった江戸時代における識字率の高さは、すでに13世紀後半以降に用意され、その土台は室町期に入れば、すでにかなりの程度まで形成されていた、といわなくてはならない。しかも重大なことは、江戸時代の文書について、東北の文書でも九州の文書でも、われわれは読みうる、と前に述べたことが、鎌倉期の平仮名交じりの文書においても、完全に当てはまるという事実である。(中略)この事実は、平仮名が片仮名と同じ表音文字でありながら、無文字社会の音声の世界を表現する記号としてでなく、おもに書きかつ読む文字として機能していたことを、鮮やかに示しているといえよう。平仮名の文字としての特質はまさしくここにある、と私は考える。P386

冒頭で文字論は、まだ試論であると断っている。
分量も少ないし、論証も粗いが、鋭い着眼であり、今後の展開が期待される。

 皇国史観がいまだに居座る歴史界に、筆者の活躍は目を見張るものがある。
農業を軽視しているかの印象など、幾らか留保を付けたいが、基本的には筆者の主張を了解する。
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参考:
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岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
今一生「ゲストハウスに住もう!」晶文社、2004年
クライブ・ポンティング「緑の世界史 上・下」朝日新聞社、1994
ダイアン・コイル「脱物質化社会」東洋経済新報社、2001
谷田部英正「椅子と日本人のからだ」晶文社、2004
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫 2008(2001)
青山二郎「青山二郎文集」小沢書店、1987
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002

谷田部英正「椅子と日本人のからだ」晶文社、2004年 
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう」鹿島出版会、1985
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命 ハッカー倫理とネット社会の精神」河出書房新社、2001
マイケル・ルイス「ネクスト」アウペクト、2002
ジョルジュ・F・ビゴー「ビゴー日本素描集」岩波文庫、1986年
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957


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