匠雅音の家族についてのブックレビュー    寄生虫博士の中国トイレ旅行記|鈴木了司

寄生虫博士の中国トイレ旅行記 お奨度:

著者:鈴木了司(すずき のりじ)  集英社文庫、1999年  ¥495−

著者の略歴−1927年神奈川県生まれ。東北大学理学部卒。高知医科大学教授を経て、現在名誉教授。著者に「人体寄生虫卵と原虫」「寄生虫の世界」「寄生虫博士トイレを語る」「トイレと付き合う方法学入門」朝日文庫、他多数。

 寄生虫を専門にする医者が、中国のトイレにかんして記したエッセイ集である。
わが国には家族計画国際協力財団なる組織があるらしい。
この組織はアジア諸国で家族計画なるものを推進している。
もちろん、各国の人口調整に一役買っているのだ。
TAKUMI アマゾンで購入

 家族計画とは、一言でいえばセックスのコントロールである。
こんな事がすんなりと人々に認められるわけがない。
人口の調整は国家にとっては大問題だろうが、セックスは個人の問題だからである。
そこで、家族計画、母子健康、寄生虫予防と、3つをワンセットにすれば、受け入れられやすいとの判断から、寄生虫博士の出馬になったわけである。

 途上国では、まず寄生虫の一種である回虫駆除をしてみせる。
虫下しを飲めば翌日には回虫が身体からでる。
すると体の調子が良くなる。
この御利益を手みやげに、家族計画へと入っていくのそうだ。
途上国を歩いていると、皮膚病が多い。
歯並びが悪い。
寄生虫が多いことは、外見からは判らないが、トイレの様子から簡単に想像がつく。

 わが国でも、戦後まで寄生虫が多く、とりわけ回虫は誰にも馴染みのものだった。
もちろん回虫は、いないにこしたことはない。
トイレの改造や、食生活の改革で、回虫はたちまち駆除できる。
寄生虫というのも、前近代社会に特有のものだ。
近代の衛生思想の普及は、寄生虫をほぼ完全に死滅させた。

 筆者は寄生虫を調べるために、トイレを覗く。
中国は広い。さまざまなトイレがある。
とくに解放直後までは、排泄にまでは神経もお金も行き届かなかった。
伝統的社会の排泄設備がそのまま使われていたらしい。
そのため、今日の我々からは想像もつかないトイレがあったという。
穴を掘ってそこへ直接排泄するのは、どこでも最初に登場するものである。
そこへ板を渡したり、板をたてたりと、改良が進んでいく。
排泄物が落下した先も、水の中だったり、豚が食べたりといろいろである。
しかし、筆者は回虫の循環からものを見る。

 イヌやネコが砂場に排便し、その回虫卵が誤って人の口に入ると、人の回虫とちがって親虫にならずに幼虫のまま体内を動きまわり、内臓の諸器官や組織に入る。その結果、肝臓が腫れたり、失明する患者が世界中から報告されている。
 砂場ほ子供の遊び場だが、砂で汚れた手を口に入れてはいけないし、よく手を洗うことが必要だ。日本の公園の中にほ夜はカバーをかけたり、柵を作ってイヌやネコの侵入を防いだりしているが、最近では砂を熱して消毒したり、抗菌砂を使うところもあるとか。P73

広告
 何ともすごい話である。中国の北部は、冬には猛烈に寒くなる。
糞便が凍ってしまい、トイレがいっぱいになる。
すると、スコップで掘り起こして、春になったら融けたものを畑にまくのだとか。
用便後に使う籌木(ちゅうぎ)のことは知られているが、その使い方は判らないかった。
本書には、現代でも籌木が使われている現場に遭遇し、歓喜して写真をとった様が綴られている。
籌木を土産にもらったとある。
もちろん使い方の指導も受けている。
長年の懸案が解決するときほど、嬉しいことはない。
 
 中国のトイレに扉のないことは有名だが、古くは囲いもなかったらしい。
そうでありながら、男女の区別はしっかりとある。
男女7才にしての教えはトイレにまで貫徹していると、筆者は驚いている。
また、屎尿を肥料として使う習慣はもちろんあって、それが寄生虫の温床になる。
そのため、最近では三格式の改良型トイレや双坑式のトイレが普及し始めているとか。

 三格式とは、三槽式のことでケンタッキー便所と呼ぶ長期滞留形のトイレである。
双坑式とは、同じトイレを二つ作り、交代に使うものである。
いずれにせよ、屎尿を腐らせることによって、寄生虫の卵を殺してしまう。
わが国では、田圃や畑の隅に、肥溜めをつくって、そこに一定期間を寝かせたのである。

 結婿前の性交渉をどう思うかという調査では、中国は「どんな場合でも避けるべきだ」がシンガポールについで多く、40.5%で第2位、「お互いに愛情があればかまわない」が22.6%で少なさで第1位、「愛情がなくてもかまわない」が2.0%、「無回答」も34.9%であった。これらの結果を見ると、社会主義国で、しかも、人口問題で制約の多い中国は婚前交渉についてはきびしい意見を持っていると考えていたが、青年たちが性に関して自由を求めたいという気持ちがこの数字から伝わってくる。P225

 下半身の話題だからか、こんな文章もある。
1988年の調査だとことわっているが、婚前交渉は是か否かといわれたわが国の昔を思い出してしまう。

 この運動(家族計画のこと)は着々と進みつつあると考えるが、この運動の最大の成果は住民が長い間、なにげなしに続けてきた昔からの生活の見直しを少しずつではあるが、考えるようになったことだ。なかでも、自分の健康は自分で守ろうという意識が芽生えたことだろう。P261

筆者は、まさに近代の衛生思想を普及させる戦士である。   (2003.08.29)
広告
  感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
瀬川清子「食生活の歴史」講談社学術文庫、2001
西川恵「エリゼ宮の食卓 その饗宴と美食外交」新潮文庫、2001
アンソニー・ボーデン「キッチン・コンフィデンシャル」新潮社、2001
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
会田雄次「アーロン収容所」中公新書、1962
今一生「ゲストハウスに住もう!」晶文社、2004
レナード・ショッパ「「最後の社会主義国」日本の苦悩」毎日新聞社 2007
岩瀬達哉「新聞が面白くない理由」講談社文庫、1998
山本理顕「住居論」住まいの図書館出版局、1993
古島敏雄「台所用具の近代史」有斐閣、1996
久家義之「大使館なんかいらない」角川文庫、2001
田中琢&佐原真「発掘を科学する」岩波新書、1994
臼田昭「ピープス氏の秘められた日記」岩波新書、1982
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

下川裕治「バンコクに惑う」双葉文庫、1994
清水美和「中国農民の反乱」講談社、2002  
編・暁冲「汚職大国・中国」文春文庫、2001
顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000
金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002
邱永漢「中国人の思想構造」中公文庫、2000
中島岳志「インドの時代」新潮文庫、2009
山際素男「不可触民」光文社、2000
潘允康「変貌する中国の家族」岩波書店、1994
須藤健一「母系社会の構造」紀伊国屋書店、1989
宮本常一「宮本常一アフリカ・アジアを歩く」岩波書店、2001
コリンヌ・ホフマン「マサイの恋人」講談社、2002
川田順造「無文字社会の歴史」岩波書店、1990
ジェーン・グドール「森の隣人」平凡社、1973
阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」講談社学術文庫、1991
永松真紀「私の夫はマサイ戦士」新潮社、2006


「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる