著者の略歴−1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務を経て03年より千葉大学法経学部教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。社会保障や環境、医療に関する政策研究から、時間、ケア等をめぐる哲学的考察まで、幅広い活動を行なっている。著書に『持続可能な福祉社会』『死生観を問いなおす』『ケアを問いなおす』(以上、ちくま新書)、『日本の社会保障』『定常型社会』(以上、岩波新書)、『グローバル定常型社会』『生命の政治学』(以上、岩波書店)、『ケア学J(医学書院)など多数。 コミュニティという言葉は、都市計画の世界では好んで使われてきた。 都市にコミュニティをつくるとか、快適なコミュニティが必要だとか、近代派の学者たちはコミュニティ論が大好きだった。 我が国に、何とかコミュニティを作ろうと悪戦苦闘してきた。 しかし、我が国にはコミュニティなるものを、想定できないことでも誰でも知っていた。
しばらくコミュニティという言葉を聞かないと思ったら、若い筆者がコミュニティという言葉をもちだした。 コミュニティという言葉が表す実体が、いったい何なのか、結局それが不明なのだ。 筆者は、コミュニティを次のように定義する。 「コミユニティ=人間が、それに対して何らかの帰属意識をもち、かつその構成メンバーの間に一定の連帯ないし相互扶助(支え合い)の意識が働いているような集団」P11 この定義であれば、冒頭で言う下記の言葉とは矛盾しない。 戦後の日本社会とは、一言でいえば「農村から都市への人口大移動」の歴史であったが、本書の中で論じていくように、都市に移った日本人は、(独立した個人と個人のつながりという意味での)都市的な関係性を築いていくかわりに、「カイシヤ」そして「(核)家族」という、いわば”都市の中のムラ社会”ともいうべき、閉鎖性の強いコミュニティを作っていった。P9 しかし、会社や家族がコミュニティだというなら、ではコミュニティとは何か、と改めて問いたくなる。 本書全体で使っている意味では、家族はとてもコミュニティとは呼べないし、会社だってコミュニティではない。 しかも、コミュニティとは西洋諸国で生まれた概念だから、コミュニティと言ったときには、無前提的に西洋的な都市論が入り込んでいる。 都市の本質として、まとまった「団体」としての性格をもち、「市民」という”身分的資格”の概念が存在すること、という話を持ちだす。 こちらのほうが、言うところのコミュニティだろう。 城壁都市といった中国型の都市なら、西洋諸国と並べて論じることもできるだろう。 しかし、我が国には、こうした都市は存在しない。 つまり、「都市型コミュニティ」は西洋の概念であり、我が国では結局根付かなかったものだ。 戦後の経済成長の時代には、会社や家族がコミュニティとして有効だったが、経済成長の時代が終わり、個人が孤立してしまった。 そこで個人の自立のためには、新たなコミュニティの創造が必要だという。 都市コミュニティのなかには、家族があり会社がある。 コミュニティなる概念は、家族や会社よりも上位概念であろう。 個人の孤立化の文脈のなかで、経済成長という時間軸から、地域と言った空間軸へと、発想の転換が必要だという。 人が孤立しているのは確かだし、閉塞感が漂っているのも事実である。 しかし、新たなコミュニティの創造を言ったところで、何かなしうるのだろうか。
そのうえに、介護など新たな問題を重ねたに過ぎない。 つまり、こうした立論は、口当たり良く聞こえるが、まったく役に立たないのだ。 それは都市計画や、近代建築の歴史をみてくれば、簡単にわかることだ。 単家族をすすめると、個人化が進み、ますます人間が孤立すると言われる。 個人化とは孤立化と同じではないが、我が国では個人化と孤立化を同じものとして捕らえやすい。 筆者も孤立化を防ぐという問題意識から、新たなコミュニティ創出へと、論を進めるのだろう。 しかし、筆者の論は、今までの都市論の虫干しに過ぎない。 農村型コミュニティは”場を共有”したものだが、都市型コミュニティは言語的・規範的なものであり、「個人をベースとする公共意識」が基本であるという。 これが農耕民族と遊牧民族といった話につながっていくのも、いままで何度も語られてきた。 こうした民族論では、何も語ったことにならない。 個人の確立といったところで、個人の確立を促す具体的・経済的な裏付けが必要なのだ。 意識面だけ強調しても、個人が確立することは決してあり得ない。 個人の頑張りで、個人は確立するわけではない。 個人の確立は、立身出世とは違うのだ。 社会的な職業のあり方とか、生活の仕方が先行するなかで、人間が鍛えられて個人の輪郭が浮かび上がってくるものだ。 精神的な頑張りで、個人が確立するものではない。 個人の確立とは、個人と言いながら、社会的なものなのだ。 確認的に補足すると、ここでいう「新しいコミユニティ」(<共>)は、伝統的な共同体(「共」)に対し、それがあくまで自立的な個人をベースとする、自発的かつ開かれた性格の共同体であるという点において異なる性格をもつものである。P159 誰を対象に、本書は書かれているのだろうか。 <自立的な個人をベースとする、自発的かつ開かれた性格の共同体>を、誰が作れると言うのだろうか。 こうしたものを作るためには、制度とか社会の仕組みを変えていかなければ、実現不可能である。 個人の自立を促すには、職業を用意することだろうし、老若男女が混住する住まいだろう。 職業も企業組合のように企業別に作るのではなく、産業別の組合型が適している。 それには、行政が組合のあり方を方向付けるべきだ。 また住まいについては、かつての同潤会に学ぶことが多い。 「住宅政策のどこが問題か」でも語られているが、現在の住まいのあり方は、政策的に進められてきたのだ。 家族のあり方も、核家族を普及するために、政府はさまざまな政策をうってきた。 現在の核家族だって、自然にできてきたものではない。 コミュニティを問題にするのではなく、もっと具体的な制度や政策を問題にすべきである。 筆者のような立論は、昔の話を現代的なオブラートにくるんで、さも新しく見せかけただけだ。 筆者のいう空間は、<場>に他ならず、場は農業社会のものだ。 時間が工業社会のものだとすれば、時間も空間も古いつながりかただろう。 時間から空間へと筆者は言うが、むしろネット空間をつうじたつながりでも、孤立していないという意識が、やがて形成されるのではないだろうか。 地方都市のシャッター通りが、筆者の生まれ育った場所だという。 桶屋が消滅したように、衰退する地域は、衰退する必然性がある。 我々団塊の世代が死んでしまえば、少なくとも介護の問題は一山越えるだろうし、老人問題は小さくなる。 (2009.10.17)
参考: ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981 野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996 永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993 服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001 エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000 高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008 矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007 黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997 増田小夜「芸者」平凡社 1957 福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005 イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997 エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970 オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997 ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002 増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996 宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987 青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000 瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001 鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999 李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983 ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999 武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967 ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001 R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001 平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009 松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社) 匠雅音「家考」学文社
|