匠雅音の家族についてのブックレビュー    女になりたがる男たち|エリック・ゼムール

女になりたがる男たち お奨度:☆☆

著者:エリック・ゼムール  新潮新書 2008年 ¥680−

著者の略歴−1958年フランス生まれ。パリ政治学院卒。ジャーナリスト。『コティディアン・ド・パリ』紙などを経て、96年から保守系日刊紙『フィガロ』の政治担当記者。シラク前大統領、バラデュール元首相など、フランスの政治家についての著書が複数ある。
 日本よりはるかに男女が平等になったフランスで、むかしの男女関係を懐かしむ男が書いた本だが、かんたんに読み捨てにはできない。
フェミニズムに批判的なほうが、フェミニズムを良く理解している。
我が国の大学フェミニズムが書いたものなどより、はるかに時代を良くとらえている。
核家族がはびこる我が国のフェミニズムは、本書を理解することもできないかも知れない。
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女になりたがる男たち

 1968年を境にして、先進国では価値観がおおきく変わった。
男女関係も、ウーマンリブからフェミニズムに孵化した、女性の台頭によって大きく変わった。
何よりも核家族をつくるような結婚をしなくなった。
そして、野性的なマッチョが否定され、清潔で繊細な男性が歓迎されるようになった。

 1968年からしばらくは、それ以前の教育を受けたマッチョな男性と、自立をはかる女性たちの抗争が続いた。
しかし、現在のフランスでは、自立した女性によって、育てられた若い男性が増えた。
この若い男性は、自立した女性の言説を浴びてきたため、女性的な感覚が血肉化されている、と筆者は言う。
そして、それを若者の言葉で証明する。

 ジェニファー・ロペスのような美人は、大衆うけするだけで、今の女性美は少年の身体をした、胸の小さな細いモデルたちだという。
それを筆者は次のように批判する。

 ファッションデザイナーのデッサンのもと、女性そのものが変化した。昔ながらのコルセットにはだれも見向きもしないが、現代のコルセットはもっと非情だ。それは肉体に直接働きかけ、イメージというメスをふるって好き勝手に肉体を造形する。かくして女性の身体は胸も尻も丸みも柔らかさも失い、長くて味気ない男の身体になりつつある。しかも人類はそれに同意の上だ。P23

 しかも、こうした動きには、ゲイとフェミニストの共同戦線があるという。
これも我が国では想像が付かないだろう。
筆者は、ホモとゲイの区別を知っている。
このあたりは我が国の論者たちと違い、さすがという他はない。

 「ホモセクシャル」という言葉自体も過去の遺物だ。この言葉自体が、ヘテロセクシャルの単一な家族観を守るため、ホモセクシャルを科学的に分類し、枠組みに押しこめようという試みなのだから。ホモセクシャルが差別の対象ではなく、新人類を体現するようになったあらたな社会には、あらたな言葉が必要になった。これが「ゲイ」だ。ゲイはマッチョと対をなし、コインの裏と表に相当する。P35

 こうした分析を読むと、筆者の声には、耳を傾けたくなる。
ゲイとホモの違いだけでも、我が国では聞かれる言説ではない。
そして、男性用化粧品や男性の脱毛、エステなどの普及、男性用下着の女性化などを、筆者はなげく。

 若い男がセックスに興味を失いつつあるので、若い女性は妻帯者としかデートしないようになったと笑う。
つまり、妻帯者ならセックスに応じてくれる、というのだ。

 ジスカール=デスタン、ミッテラン、シラクら大統領と寝ることなく、権力を得た政治家になった女性は、5指に満たないという。
男女平等を実現するため、フランスでは選挙に立候補する候補者の数を、男女同数にするよう政党に義務つける法律ができた。
そのため、候補者リストには、要人の妻や愛人があふれているらしい。

 元首相のエディット・クレッソンは、ミッテランの愛人だったし、シラクとF・パナフィウ17区区長との関係も有名だという。
こうした男女関係はアメリカでは、なかなか見ることができない。
そうでありながら、若い男女はなかなか結びつかないとも言う。

 今の若い世代の女性たちはこれまでになく反動的で、母親の世代が目指した自由放縦な生き方に反抗している。本当に価値があるのはカップルだけ、というわけだ。それがつかの間でもかまわない。神聖化されることでカップルの寿命はより短くなった。結婚の誓いはちょっとのヒビも許されない、という祖母の世代の言い回しがぴったりだ。欲望と愛の区別をまったく認めないので、ほんの浮気にもカップルは耐えられなくなった。女性のほとんどは男のように振る舞うのはあきらめたが、昔から抱いてきたロマンチックな夢をあきらめきれずにいる。P64

 男や女が個人的に関係しあうのではなく、カップル化しているという。
愛情とセックスの完璧な一致を求めるので、セックスが不満足になれば、カップルは解消である。
しかも、若い男性たちの勃起力が落ちているため、女性たちは不満なのだともいう。
勃起の契機が薄れているので、女性たちの嘆きはますます大きくなるだろう。

 アジアを旅行していると、男女が同室で寝ているシーンにぶつかるが、それでも男女間には何もない。
女性たちが半裸で寝ていても、男は欲情しないのだ。
ボクも、ミャンマーではフランス女性と、翌日はカナダ女性と同室になったが、彼女たちはまったく無防備だった。
小柄なフランス人女性は、白いパンツだけでベッドに入り、暑さに寝返りを打ったら、お尻が丸見えだった。
それでも翌朝は、ケロッとして、グッドモーニングと言った。
アーロン収容所」のイギリス女性のように、アジア人男性を人間とは見ていないのかとも思ったが、それだけではないようだ。

 カップルになっても長続きしない。
しかも、かつては浮気ですんだものが、たった一度ほかの女性と寝ただけで、カップルの解消になってしまう。
その理由が、男性のほうから本当の愛情をみつけたから、今のカップルを解消するというのだ。
男性が浮気ではなく本気だから、カップルになった女性を、かんたんに捨ててしまうのだ。
これは女性たちが、ロマンティックな関係を求める理由と同じなので、女性たちは男性を引き止めることができない。
男女平等なら、どちらが解消を言いだしても良いわけだ。

 責任を逃れ、嬉々として逃げ出す男たちを前に、女たちは動揺し、怒り、復讐を誓う。男たちはかつて、宗教や義務感、保護の感情などから、妻と子どもを守らねばならないという意識を習得したが、女たちはその古来の鎖を自分の手でほどいてしまった。結果、責任から解放され自由気ままにやっている男たちをつかまえるため、女たちは社会、法律、強制権力といったあらたな拘束の形にたよらなければならなくなった。P126

 子供ができたときだけ、女性は男性に養育費を要求できるが、それ以外は捨てられるだけだという。
女性の賃金は安いが、それだって資本主義が男性の賃金を下げるための方便だという。
こうしたなかで、多くの女性たちは当てが外れ、不幸に陥っていく。

 離婚してもやっていけるのは、ブルジョワの女性だけで、多くの女性は貧困にあえいでいる。
結局、フェミニズムはブルジョワ白人女性の運動だという。
これはそのとおりで、豊かな社会でしか、フェミニズムは開花しないのだ。
途上国でフェミニズムを言ったら、国民の全員が食えなくなる。
途上国にあるのは、女権拡張運動に過ぎない。

 筆者は、フランスはアメリカより30年遅れているという。
アメリカで発生した脱工業化=情報社会化が、フェミニズムを生んだのであり、それがフランスに渡来したのだ。
そのあたりの事情も、冷静に見ているのは驚きである。

 肉食系女子と草食系男子などいわれる我が国でも、同じような現象がすすむのだろうか。
いかにも新潮社らしい反動的な本だが、カップル化という現象をとらえており、フェミニズムに賛成するにしろ、反対するにしろ、必読であろう。
原題は「第一の性」である。
  (2009.6.11)
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参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
ジョルジュ・ヴィガレロ「強姦の歴史」作品社、1999
R・ランガム他「男の凶暴性はどこからきたか」三田出版会、1998
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
斉藤学「男の勘ちがい」毎日新聞社、2004
ジェド・ダイアモンド「男の更年期」新潮社、2002
ジョージ・L・モッセ「男のイメージ」作品社、2005
北尾トロ「男の隠れ家を持ってみた」新潮文庫、2008
小林信彦「<後期高齢者>の生活と意見」文春文庫、2008
橋本治「これも男の生きる道」ちくま書房、2000
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
関川夏央「中年シングル生活」講談社、2001
福岡伸一「できそこないの男たち」光文社新書、2008
M・ポナール、M・シューマン「ペニスの文化史」作品社、2001
ヤコブ ラズ「ヤクザの文化人類学」岩波書店、1996
エリック・ゼムール「女になりたがる男たち」新潮新書、2008


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