匠雅音の家族についてのブックレビュー   国際情勢の見えない動きが見える本−新聞・テレビではわからない「世界の意外な事実」を読む|田中宇

国際情勢の見えない動きが見える本
新聞・テレビではわからない「世界の意外な事実」を読む
お奨度:

編著者: 田中宇(たなか さかい) PH P文庫、2001年   ¥514−

 著者の略歴−1961年東京生まれ。東北大学経済学部卒。繊維メーカー勤務を経て共同通信社に入社。京都と大阪でバブル崩壊時の金融事件などを取材した後、93年から東京でゼネコン汚職、自動車産業、アジア経済などを取材。97年マイクロソフト入社、日本初の本格コラムサイト「MSNジャーナル」を立ち上げてネットジャーナリズムの新形態を確立するとともに、自ら国際ニュース記事を執筆。99年にマイクロソフトを退社、独立したジャーナリストとして16万人に電子メールで国際ニュース解説を配信し続けている。著書「マンガンぱらだいす」風媒社、「神々の崩壊」風雲舎ほか。
ウェブサイトは
http://www.tanakanews.com/

 本書を読むと、わが国にもどうやら、本物のジャーナリストが登場しつつあるのがわかる。
事件の裏を読む力がついてきている。
大手の新聞やテレビの海外特派員たちは、まるで殿様取材である。
あれでは国際情勢の真相など分かるはずがない。
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 わが国の新聞記者たち記者クラブに守られて、権威ぶって偉くなっている。
しかも、企業に属しているので、自分の眼をもたず、中立的な装いで記事を書いてきた。
自分の眼を持たないでものを書くということが、どんなことになるのか。
現在の大手の新聞紙面を見るとよく判る。

 彼らはことのおきた原因を追及せず、表面的な事実だけを並べる。
だから、どの新聞も同じ紙面だし、本質的な考察はない。
次の事件が起きると、かつての事件はすっかり忘れてしまう。
一つの事件と次の事件は、連続性があるというのに、それにまったく気がつかない。
当然のこととして、わが国のマスコミは、新たな事件に驚くだけである。

 共同通信にいた若い男性が、窓際へと島送りになった。
そのとき彼は、窓際にあった外国の新聞や雑誌を読み続けた。
やがてそうするうちに、自分独自の視点を獲得した。
その後、インターネットの登場も相まって、マイクロソフトへと転職した。
そして、いまでは自分のニュース媒体を持つまでになった。

 筆者のメールマガジンは、16万部の発行部数だそうで、ちょっとした新聞なみである。
その筆者が、海外ニュースをどう読んだかを、インターネットで配信している。
その中から何本かを、一冊に選んだものである。

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 インターネットの登場は、世界中の情報が、誰でも簡単に手に入るようになった。
同時にそれは権力者には、もっと簡単に情報が入手できることを意味する。
メジャーの新聞には、なかなか掲載されることのない情報だが、<エシュロン>の記事から本書は始まる。
世界を飛び交う電波を、アメリカがイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの協力で、盗聴しているというのだ。

 <エシュロン>の記事は、7月4日の日経に初めて掲載されたが、
本書にはなかなか興味深い記事が書かれている。
サッチャー首相は、自分の閣僚の電話をカナダに盗聴させたという。
国内の盗聴は非合法だが、カナダからなら合法というわけである。
それにしても、白人諸国の連帯はきわめて強く、黄色人がちょっと頑張ったくらいでは、彼らのクラブはびくともしない。

 どんな事件が取り上げられているかは、目次を掲載したほうがいいだろう。

 世界中の通信を盗聴する巨大システム………12
 「サイバー国家」の暗部…………22
 石油価格をめぐる仁義なき戦い…………29
 集団自殺か殺害か−ウガンダ終末教団事件………40
 コンコルド墜落で失われたもの…………49
 密入国移民を送り出す闇のシルクロード…………60
 遺伝子組み換え食品をめぐる世界大戦…………70
 ディズ二―ランドは香港を救うか…………87
 金正日のしたたかな外交…………95
 復活する国際左翼運動…………104
 オーストリア−ネオ・ナチ騒ぎの裏にあるもの……117
 アフリカを苦しめるエイズ…………128
 自由経済の最先端を行く無法諸国…………135
 終わり方が分からない北アイルランド紛争………143
 中国国有企業の挑戦…………151
 再統一から十年のドイツに学ぶ…………158
 世界を支配するNGOネットワーク…………168
 大英博物館が空っぽになる日…………174
 バイキングのアメリカ探検…………182
 マカオの五百年をふりかえる…………191
 パナマ運河−興亡の物語…………199
 生まれながらの不幸を抱えた国パキスタン………209
 海洋イスラム国アチェの戦い…………219
 アラブ世界の女性解放は一進一退…………228
 ダイヤモンドが煽るアフリカの殺毅…………235
 アメリカ−たばこ訴訟の裏側…………243
 イスラム共和国の表と裏…………249
 変わりゆく大英帝国…………268
 沖縄から世界を考える…………281


 この記事のすべてに私は同意するわけではない。
多くは賛同できるが、違和感をもった記事もある。
しかし、筆者が自分の身体で感じ、自分の頭で考えたことであることは、実に良く伝わってくる。
 
 田中宇という筆者の息吹が伝ってこそ、信用できる記事である。
それはものの見方の一貫性である。
だから次の記事も、きちんと新たな展開を読めるのである。
大手新聞の記者たちは、いわば消耗品であり、場当たり的である。
彼らの書く記事は、色がないゆえに信用できない。

 記事の裏に個人がいるとわかってはじめて、間違ったら直せるのだと思う。
間違うかもしれないから信用できる。
間違いがないという前提には、信用をおけるわけがない。
筆者は執筆にまえの調査に、多くの時間をかけている。
この姿勢は当然で、深い追求には事前調査が不可欠である。

 ところで、NGOの勢いは、わが国でもとどまるところを知らない。
NGOといえば、何でも正しいかのように感じさせる。
しかし、筆者は次のように言う。

 1999年秋にアメリカのシアトルで開かれたWTO閣僚会議は、NGO集団の反対運動が一因で、成果をあげられず失敗した。
 この反対運動は、究極の目標が統一されていたわけではない。「WTOが推進する自由貿易体制は、発展途上国からの輸入増につながり、アメリカ人の雇用に悪影響を与える」と考える労働組合から、「自由貿易は大企業の儲けにしかならない」という「反資本主義」の人々、「環境保護に配慮した国しか、自由貿易体制に入れてはいけない」と主張する環境団体まで、主張はばらばらだった。
 彼らをつないだのは、インターネットなどによる情報交換で、(中略)究極の目標が全く異なるNGOどうしを「シアトル会議に反対する」という一点でつないでいった。
 彼らの目的は何であったか。1994年の世銀総会への乱入事件からの流れを踏まえると、「世銀同様、WTOでもNGOが意思決定に参加できるようにする」という目標が見えてくる。だが、WTOを攻撃して、組織内部に入ろうとした彼らの反対運動は、WTOの体制そのものを壊す、という結果になってしまった。P171


 わが国にはたくさんのマスコミがあるようだが、じつは1種類しかなかった。
筆者のスタンスが本当のジャーナリストだと思う。
新しい角度から記事が提供されるのは、とても面白いことである。
今後を期待したい。   (2003.10.24)
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参考:
アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000
石井光太「絶対貧困」光文社、2009
上原善広「被差別の食卓」新潮新書、2005
ジュリー・オオツカ「天皇が神だった頃」アーティストハウス、2002
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000

六嶋由岐子「ロンドン骨董街の人びと」新潮文庫、2001
エヴァ・クルーズ「ファロスの王国 T・U」岩波書店、1989
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう:忘れられた生活様式」鹿島出版会、1985

高尾慶子「イギリス人はおかしい」文春文庫、2001
瀬川清子「食生活の歴史」講談社学術文庫、2001
西川恵「エリゼ宮の食卓 その饗宴と美食外交」新潮文庫、2001
アンソニー・ボーデン「キッチン・コンフィデンシャル」新潮社、2001
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
会田雄次「アーロン収容所」中公新書、1962
今一生「ゲストハウスに住もう!」晶文社、2004
レナード・ショッパ「「最後の社会主義国」日本の苦悩」毎日新聞社 2007
岩瀬達哉「新聞が面白くない理由」講談社文庫、1998
山本理顕「住居論」住まいの図書館出版局、1993
古島敏雄「台所用具の近代史」有斐閣、1996
久家義之「大使館なんかいらない」角川文庫、2001
田中琢&佐原真「発掘を科学する」岩波新書、1994
臼田昭「ピープス氏の秘められた日記」岩波新書、1982
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

下川裕治「バンコクに惑う」双葉文庫、1994
清水美和「中国農民の反乱」講談社、2002  
編・暁冲「汚職大国・中国」文春文庫、2001
顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000
金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002
邱永漢「中国人の思想構造」中公文庫、2000
中島岳志「インドの時代」新潮文庫、2009
山際素男「不可触民」光文社、2000
潘允康「変貌する中国の家族」岩波書店、1994
須藤健一「母系社会の構造」紀伊国屋書店、1989
宮本常一「宮本常一アフリカ・アジアを歩く」岩波書店、2001
コリンヌ・ホフマン「マサイの恋人」講談社、2002
川田順造「無文字社会の歴史」岩波書店、1990
ジェーン・グドール「森の隣人」平凡社、1973
阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」講談社学術文庫、1991
永松真紀「私の夫はマサイ戦士」新潮社、2006


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