匠雅音の家族についてのブックレビュー   ポスト工業経済の社会的基礎−市場・福祉国家・家族の政治経済学|ゲスタ・エスピン=アンデルセン

ポスト工業経済の社会的基礎
市場・福祉国家・家族の政治経済学
お奨度:☆☆

著者:ゲスタ・エスピン=アンデルセン−桜井書店、2000年   ¥4000−

著者の略歴−1947年にデンマークで生まれ,コペンハーゲン大学を卒業後,ウイスコンシン;マディソン大学で社会学の学位を取得,同大学の講師,ハーバード大学助教授,フィレンツェのヨーロッパ大学機構の助教授,教授などを歴任,1993年からイタリアのトレント大学の教授を務めたあと,2000年からスペインのボンベウ・フアブラ大学の政治社会学部で教鞭をとっている。
 情報社会の全体像を探ったもので、近来まれに見るおもしろい本だった。
無条件に星2つを献呈する。
多くの学者は過去の整理をして、何か語った気分になっている。
しかし、本書は違う。
工業社会が終わろうとする今、現在と近い将来を真摯に見つめようとしている。
本書からは様々な啓発を受けたが、
筆者の視線はボクの「単家族論」と、ほとんど同じ方向を向いており、おおむね本書の主張は肯首できる。
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 前近代にあっては、自分の身体だけが頼りであり、
社会福祉など存在しなかったとは、しばしば言われることである。
社会福祉とは最近のものだという。

 福祉資本主義が制度化された決定的な時期は,戦争直後ではなく,1960年代から70年代にかけてであった,ということである。この時期こそ,強力な労働者保護と労働市場の規制とが出現した時代であり,社会的シティズンシップが完全に承認された時代であった。福祉国家の中心的特徴が固まった時代でもあった。北欧の社会民主主義的な福祉国家,大陸ヨーロッパの福祉国家,アングロ・サクソンの自由主義的な福祉国家の本質的な違いが認められたのもこの時代であった。P25

 もちろんわが国でも、事情は同じである。
農業従事者が50%を切って、大家族が崩壊し始めたので、家族の福祉機能が喪失し始めた。
そこで社会福祉が必要になった。
社会福祉とは工業社会の理念である。
工業社会の終焉を間近にして、福祉もまた再考を迫られるのは当然である。

 平等をえらぶか雇用をえらぶかといった、困難な選択を迫られる情報社会である。
近代の入り口では多くの人が辛酸をなめさせられた。
情報社会の入り口でも、多くの失業者がでている。
出生率の低下は、暗い未来を予測させている。
本書は社会福祉を肯定しつつ、多くの人が幸福に暮らすにはどうしたらいいかを考察する。

 本書の基本的な姿勢は、家族主義からの脱却である。
つまり稼ぎ手が男性一人である核家族は、その使命が終わっている。
工業社会の時代には、対なる男女を想定し、
彼と彼女が作る家庭を保護することによって、人々の幸福が確保できた。
それが福祉だった。
男性への失業保険や年金制度を確保すれば、女性にもその恩恵が及んだ。
それが未熟練労働者でも、高い賃金を確保する道だった。

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 未熟練労働者が不要となる情報社会ではそうではない。
未熟練労働者とは、肉体労働者のことである。
肉体労働は機械に代替されていくので、もはや不要である。
肉体労働は頭脳労働へと置き換わる。
頭脳労働では男女差がないから、男女が対になる必要性はない。
旧来の核家族は、存在の必然性を失ってしまった。
にもかかわらず、男性を家事労働へと誘うことは、徒労にしかすぎない。

 母親の雇用(と家族経済)の展望を切り開こうとするなら,当然のことながら,父親をさらなる無償労働へと向かわせるよりも,デイ・ケアを拡充するほうが効果的である。男性の家事参加を促す政策は,ジェンダー論の立場からは平等主義的な政策と見えるかもしれないが,「[男女]どちらにも有利な戦略」とは思えない。ほとんどの家庭は,可能ならば夫婦どちらの無償労働も減らしたいと思っているはずである。P96
 
 男性を無償な家事労働へと誘うことは、核家族をより強化する方向であり、
時代を逆行することである。
稼ぎ手が一人である家族は脆いという。
筆者は、<脱家族化>という言葉を使うが、これは私のいう「核家族から単家族へ」に他ならず、
女性の就業率が高い社会ほど、出生率も高い事実と符合する。
核家族が社会的な福祉を代替してしまえば、子供は核家族でしか誕生しない。
しかも、失業率が高くなれば、家族を形成しにくくなる。
だから、もはや核家族では、社会は上手く機能しない。

 ワークシェアーは仕事を増やすのではなく、
働く人を増やそうとするので、筆者はワークシェアーに反対する。
男性のみならず女性も働けば、いやでも社会的なサポートが必要になり、
それまでなら家庭内で処理されていた仕事が社会化する。
必然的に取引高もふえ、税収入につながり、福祉が豊かになる。
働き口を増やすとは、家事労働を社会的なサービスへと、アウトソーシングすることである。

 情報社会する国では、全体の方向性としては同じであっても、
その解決策はそれぞれに違いがあると筆者はいう。
そして筆者は、自由主義的人間、家族主義的人間、社会民主主義的人間の、
3つのパターンを理念型として、20近い先進国を分析する。
誰にでも3つの資質はあるが、どの傾向が強いかによって、今後の展開方向が変わってくる。

 わが国はイタリアやスペインと同様に、家族主義的人間の資質が強いとされるが、
この道は低出生率である。
カソリックは避妊を禁止しているし、わが国ではピルの普及は低い。
家族を大切にしているように見えるから、出生率が高くても良いはずである。
にもかかわらず、3ヶ国とも、出生率は1.3代と先進国の中では最低である。
そして、女性の社会的な地位も低い。
女性の就業こそ、出生率を上げる道であり、そのためには「核家族から単家族へ」である。

 豊かな社会がもたらしたものは、人口の高齢化、不安定化した家族であり、
平等か完全雇用かといった深刻な二律背反である。
女性の経済的な自立、新しい家族形態、社会的なサービスへの依存は、不可避である。
筆者は、労働・福祉国家・家族のあり方に、根底的な考察を加えている。
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参考:
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G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
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