匠雅音の家族についてのブックレビュー    新ヨーロッパ大全|エマニュエル・トッド

新ヨーロッパ大全 お奨度:☆☆

著者:エマニュエル・トッド    藤原書店  
T−1992年  ¥3800−
U−1993年  ¥4700−

著者の略歴−1951年生まれ。ケンブリッジ大学歴史学博士。パリ政治学院を卒業。現在、国立人口統計研究学院資料局長。「第三の惑星−家族構造とイデオロギー・システム」(La Troisieme planete,1983)で、全く新しい<人類学的手法>による成果を呈示し、仏ジャーナリズム界で賛否両論を巻きおこした。その後、7年の作業を経て、より練り上げられた成果が、本書である。本書もまた、フランスの各紙誌、TVで話題となり、ベストセラー。歴史人類学を駆使した若手の旗手である氏は、作家ポール・ニザンの孫でもある。
 16世紀以降のヨーロッパの歴史を、家族のあり方から分析した本で、きわめて刺激的な分析手法である。

 あらたな着想といい、分析結果といい、細かい点には異論があろうとも、文句なしに星を2つ献上する。
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新ヨーロッパ大全〈1〉
新ヨーロッパ大全〈2〉
カソリック







自由主義的な親子関係





親子は別居する
絶対核家族 平等主義核家族
イギリス フランス
直系家族 共同体家族
ドイツ イスラム、ロシア
親子は同居する
権威主義的な親子関係
プロテスタント

最近の家族社会学の発展をふまえ、ていねいに論述されている。
第1巻はやや饒舌ながら、第2巻に至っては脱帽である。

 大胆な仮説をたて、その仮説にしたがって分析するのは、科学の王道である。
我が国では、仮説の定立が下手で、外国の手法を取り入れることに血道を上げている。
本書のような試みは、残念ながら我が国では行われることもないだろう。
また、行われても認められることもないだろう。
本書を読んでいると、その面白さに引き込まれるが、読後には我が国の実情を思いだして、とても寂しくなる。

 筆者は、家族のあり方を次の4つに分類する。

 4つの主要な家族制度がヨーロッパ全土を分け合っている。これらの家族制度を定義するためには、一つには親子問の関係、もう一つは兄弟間の関係を律している基本的価値から出発する必要がある。
●親子間の関係を律する価値は、自由主義的なタイブのものか権威主義的なタイブのものかのいずれかである。
●兄弟間の関係を律する価値は、平等主義的タイブか非平等主義的タイブのいずれかである。

 自由主義/権威主義、平等主義/非平等主義という2つの二分法的変数の組み合わせから、以下の4つの可能な類型が得られる。
 絶対核家族−この家族制度においては、親子関係は自由主義的で兄弟関係は非平等主義的である。
 平等主義核家族−この家族制度においては、親子関係は自由主義的であり、兄弟関係は平等主義的である。
 直系家族−この家族制度では、親子関係は権威主義的であり、兄弟関係は非平等主義的である。
 共同体家族−この家族制度では、親子関係は権威主義的であり、兄弟関係は平等主義的である。T−P40


 絶対核家族とは、子供は分家して新たな核家族を形成し、相続は子供に平等になされずに、親の遺言にしたがって分配される。
イギリスがこれに該当する。
 平等主義核家族とは、子供は分家して新たな核家族を形成するが、相続は子供に平等になされる。
パリを除くフランスがこれに該当する。

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 直系家族とは、男の子の1人が親と同居して後を継ぎ、他の子は独身のまま過ごすか、分家する。財産は長子のみが相続する。
ドイツがこれに相当する。
 共同体家族とは、男の子は結婚してもすべて親と同居し、財産は子供たちで平等に相続する。これはヨーロッパには少なく、イスラム諸国やロシアに見られる。

 この4つの類型で、ヨーロッパ全土を分析しようと言うのだから、大胆である。
筆者は、ヨーロッパ全土をくまなく400以上の地域に分けて、それぞれ地域の特性を分析していく。

 本書の凄いところは、この4つの類型で、宗教改革から工業化、脱キリスト教化やイデオロギーの解体まで論じることだ。
たとえば、絶対核家族が支配的な地域では、親子の同居期間が短いために、世代間で文化が充分に伝達されない。
そのため、識字率が低いという傾向がでる。
反対に直系家族は文化の伝達に優れ、識字率が高くなるという。

 話はそれにとどまらない。
識字率と関連して、プロテスタントが発生してくるのは、直系家族が支配的な地域であり、カソリックが残ったのはパリを除くフランスだという。
そして、終盤に至ると、神の死から宗教的権威の崩壊や、脱工業化・外国人移民の問題まで、視野に入れて分析は進む。
こうなるともうボクには、批判する根拠がないから、ただ黙って読みすすむだけである。
それでも充分に面白い。

 1789年から1965年までの間、宗教はあらゆる場所で死滅するわけではなく、また同じ時期に死滅するわけでもないのである。プロテスタソトかカトリックかによってその時期は変わって来る。プロテスタント圏は1880年まで抵抗する。カトリック圏の一部はそれよりもっと健闘し、1965年まで生き延びる。ということは、近代イデオロギーが花開いた全期間にわたって無傷のままだと言うことになる。それゆえカトリック教会は、フランス大革命、社会民主主義、共産主義、ファシズム、ナチズム、自由主義といったイデオロギーに対して、自己の性格を明確に定義しなくてはならなくなるのである。T−P256

といって、神の死を論じるが、その効果はもちろんイデオロギーの時代へとつながるわけだ。
そして、1968年の5月革命で、神の死にとどめが刺され、原罪が解消される。
そのため、セックスが解放されて、好きなやり方で快楽の追求ができるようになったという。
 
 16世紀の神学者であれ、19世紀の非宗教的イデオローグであれ、形而上学者たちは途方もない夢を想い描いたが、そのどんな法外な夢をも、ポスト工業社会はその実績によって凌駕しているだろう。消費水準の鮮烈な上昇は、形而上学の消滅の物質的要因であるとはよく言われるが、それは唯一の要因ではないはずであり、おそらくは最大の要因でさえないだろう。かつては大衆はまさに物質的な苦しみを味わっており、それ故にこそ形而上学の必要性が現実に存在したわけだが、今日ではこの大衆の苦しみと呼ぶこともできるものは消滅した。そしてこの消滅こそが、おそらくは現在進行中の変貌の根本的要素なのである。U−P266

 緑の党から、極右の台頭、そしてEUの動向まで、家族のあり方から論じていく。
それは人間の行動が、家族のあり方に規定されており、家族のあり方が変わっていなければ、現代にも充分に通用する。

 いままで、歴史をみる機軸は、生産力と生産関係だとか、プロテスタンティズムの倫理だとか、さまざまに言われてきた。
筆者は農業生産が要求する家族のあり方を、地域ごとに詳細に分類して、家族のあり方こそ歴史を動かす原動力だという。
エコロジストが多いのは、社会主義の失望した地域だといって、家族分析はいまでも有効性があることを示す。

 移民問題に関しても、差異への権利といったエリートの言動は、平等主義核家族が支配的なフランスでは、混乱と不安しか醸成しないと言う。
それにたいして、ドイツの対応の違いも、家族のあり方から説明している。
とにかく圧倒的な本だった。
  (2009.6.25)
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参考:
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オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992


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