匠雅音の家族についてのブックレビュー    製造業崩壊−苦悩する工場とワーキングプアー|北見昌朗

製造業崩壊
苦悩する工場とワーキングプアー
お奨度:

著者:北見昌朗(きたみ まさお)   東洋経済新報社、2006年  ¥1600−

 著者の略歴− 1959年名古屋市生まれ.1995年独立して株式会社北見式賃金研究所を設立して所長に就任し,オーナー会社を対象にした賃金・人事コンサルタント業を始める.著書は「サービス残業・労使トラブルを解消する就業規則の見直し方」「小さな会社が中途採用を行う前に読む本」「小さな会社の退職金の払い方」「部下をもったら読む労務管理の本」など(いずれも小社刊)多数ある.また,歴史に学ぶ経営評論家でもあり「武田家滅亡に学ぶ事業承継」(幻冬舎)などもある. 連絡先は,〒452−0805名古屋市西区市場木町478   URL http://www.tingin.jp/
 我が国の大企業は、失われた10年をのりこえて、好景気を謳歌している。
しかし、中小企業はいまだ好景気の恩恵を受けていない。
むしろ本書の題名どおり、製造業は衰退しつつあるようだ。
ボクのなじみである建築の世界でも、中小の建築関係者は不景気だといっている。
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 本書の読後感は、いかにも<古い>の一語につきる。
1959年生まれの筆者は、まだ48歳であるはずだが、古き良き時代を懐古する老人のようだ。
しかし、我が国の現状は、筆者の嘆き・心配するとおりなのだろう。
若年労働者が定着せず、多くの中小企業で年齢構成が歪になっているという。
老工場長と外国人労働者、それに派遣社員とパートタイマーが、中小企業を支えているという。

 定着率の悪さ→熟練工の不足→品質の悪化→生産性のダウン→競争力の低下→廃業もしくは倒産という、負のスパイラルに陥っているという。
本書のいうとおりだと思う。
大企業は中小企業を犠牲にして、現在の繁栄を謳歌しているだけで、この繁栄も長くは続かないというのも本当だろう。
筆者は本書の出発点を、若者の定着率の低さに求めているが、これが問題の本質ではない。

 大企業の繁栄が続かないというのは、大企業が物作りを目指している限りは、そのとおりである。
そして、大企業の下請けをしている中小企業が、生き残れないのも、その限りで当然である。
つまり、物作りという産業が、我が国ではすでに峠を越えてしまった。
情報産業が浸透し始めたので、物の加工という職業が、終焉に向かいつつあるのだ。

 戦後、高度経済成長期をむかえ、我が国では伝統的な職人たちを切り捨ててきた。
下駄から靴になったので下駄屋が廃業し、ポリ桶が普及したので桶屋が廃業した。
市井の個人を踏みつぶして、会社という企業が物作りを独占していった。
経験が技術を支える物作りというのは、結局のところ職人芸なのだ。
高度成長というのは、会社に職人を囲い込んだにすぎない。

 工業社会というのは、職人仕事の大規模化であり、工場化だったのだろう。
ところで、筆者は次のように言う。

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 日本的な経営というと、それは「長期安定雇用」「年功序列型処遇」などが基本的なしくみである。それには長所もあったはずであるが、その良さを否定して破壊してしまった。破壊して新しい経営のスタイルを構築できれば良かったのであるが、結果としては日本的経営の良き伝統が壊されただけで、なんの創造にもならなかったと思う。P5

 この言葉をどこかで聞いた記憶がないだろうか。
終身雇用の復活、年功序列型賃金の維持であり、日本的経営や日本的家族の賛美へとつながっていく山下悦子の「女を幸せにしない『男女共同参画社会』」と、まったく同じ発言である。
2人とも、古き良き日本を復活せよと言うのだが、かたや男性職場を守ろうとする男性の発言であり、かたやフェミニストを自認する女性からのものである。

 現状が不幸を招きそうだという認識は、両者が共有している。
そして、解決方向も同じである。
体制側の発想とフェミニストの発想が、見事に一致している。
これは本書の筆者や、山下悦子さんだけの問題だけではない。
時代認識がまったく出来なくなってしまったと言うことだ。
核家族を前提にしているすべての論者は、本書の立論と同じ土俵にいる

 我が国が、かつて物造りで成功し、いまでも上手くいっているように見える。
そのため、それがいつまでも続くと思っているのだ。
筆者は、1990年と2004年を比較したグラフを示して言う。

 グラフ(図26)でわかる通り、高卒の新規学卒者が製造業に就職する人数がガタ減りしていることだ。高卒というのは製造現場を担ってきた層であり、彼らが就職しなくなるということは、担い手がいなくなるのではないか。P78

 製造業は3Kだから嫌われて、若者が入社しなくなり、サービス業に流れている。
それが軽佻浮薄な社会をつくっている。
油まみれになってコツコツと努力してこそ、我が国の将来は明るいという。
しかし、農業から工業へと人が流れたように、工業からサービス業へと人が流れるのは、時代の必然であり止めようがない。
工業という物作りが、行くところまでいってしまい、もはや人を必要としていないのだ。

 技術を身につけるためにコツコツ努力しても、
技術が身に付いた頃には、その技術は機械に置き換えられて不要になる。
それが戦後の歴史であり、高度経済成長だった。
桶屋が不要だと言われたように、やがて旋盤工も不要になる。
それが判っているから、若者は製造業には向かわないのである。

 昔の我が国の若者だけが、勤勉だったのではない。
そして、アメリカ人が怠惰なのではない。
勤勉さは国民性ではない。
かつてのアメリカは、世界中の富を独占した。
アメリカの自動車は、世界一の生産量を誇った。
それがトヨタに抜かれそうである。
しかし、アメリカのマイクロソフトは、世界を席巻している。
こうした現象を、国民性で説明することは出来ない。

 製造業を中心にした工業社会は、完全にその命脈が尽きている。
筆者が真面目であればあるほど、時代に逆らうことになる。
そして、日本を破滅へと導くのである。
筆者だけではない。
多くの論者が、核家族が家族の定番だと考えている限り、我が国の将来は暗い。

 世界は情報社会へと向かっている。
それを別名グローバリズムというのだ。
我が国だけが、それに逆らうことは出来ない。
物造りにこだわり続け、単家族化することを拒否すれば、本書がいうように我が国は崩壊していくだろう。      (2007.09.19)
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参考:
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
木村英紀「ものつくり敗戦」日経プレミアシリーズ、2009
アントニオ ネグリ & マイケル ハート「<帝国>」以文社、2003
三浦展「団塊世代の戦後史」文春文庫、2005
クライブ・ポンティング「緑の世界史」朝日選書、1994
ジェイムズ・バカン「マネーの意味論」青土社、2000
柳田邦男「人間の事実−T・U」文春文庫、2001
山田奨治「日本文化の模倣と創造」角川書店、2002
ベンジャミン・フルフォード「日本マスコミ「臆病」の構造」宝島社、2005
網野善彦「日本論の視座」小学館ライブラリー、1993
R・キヨサキ、S・レクター「金持ち父さん貧乏父さん」筑摩書房、2000
クライブ・ポンティング「緑の世界史 上・下」朝日新聞社、1994
ダイアン・コイル「脱物質化社会」東洋経済新報社、2001
谷田部英正「椅子と日本人のからだ」晶文社、2004
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫 2008(2001)
シャルル・ヴァグネル「簡素な生活」講談社学術文庫、2001
エリック・スティーブン・レイモンド「伽藍とバザール」光芒社、1999
村上陽一郎「近代科学を超えて」講談社学術文庫、1986
吉本隆明「共同幻想論」角川文庫、1982
大前研一「企業参謀」講談社文庫、1985
ジョージ・P・マードック「社会構造」新泉社、2001
富永健一「社会変動の中の福祉国家」中公新書、2001
大沼保昭「人権、国家、文明」筑摩書房、1998
東嶋和子「死因事典」講談社ブルーバックス、2000
エドムンド・リーチ「社会人類学案内」岩波書店、1991
リヒャルト・ガウル他「ジャパン・ショック」日本放送出版協会、1982
柄谷行人「<戦前>の思考」講談社学術文庫、2001
江藤淳「成熟と喪失」河出書房、1967
森岡正博「生命学に何ができるか」勁草書房 2001
エドワード・W・サイード「知識人とは何か」平凡社、1998  
オルテガ「大衆の反逆」ちくま学芸文庫、1995
小熊英二「単一民族神話の起源」新曜社、1995
佐藤優「テロリズムの罠 左巻」角川新書、2009
佐藤優「テロリズムの罠 右巻」角川新書、2009
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
北原みのり「フェミの嫌われ方」新水社、2000
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
デブラ・ニーホフ「平気で暴力をふるう脳」草思社、2003
藤原智美「暴走老人!」文芸春秋社、2007
成田龍一「<歴史>はいかに語られるか」NHKブックス、2001
速水融「歴史人口学で見た日本」文春新書、2001
J ・バトラー&G・スピヴァク「国家を歌うのは誰か?」岩波書店、2008
ドン・タプスコット「デジタルネイティブが世界を変える」翔泳社、2009

斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003

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