匠雅音の家族についてのブックレビュー    人間の事実−T 生きがいを求めて U 転機に立つ日本人|柳田邦男

人間の事実 
T 生きがいを求めて  U 転機に立つ日本人 
お奨度:

著者: 柳田邦男(やなぎだ くにお)  
文春文庫、2001 T−¥514、U−¥590−

 著者の略歴−1936年栃木県生まれ。東大経済学部卒業後、NHK入局。放送記者として活躍した後、退局して執筆活動に専念。72年「マッハの恐縮」で第3回大宅壮一ノンフィクション賞、79年「ガン回廊の朝」で第1回講談社ノンフィクション賞、85年「撃墜」他でポーン・上田記念国際記者賞、95年「犠牲(サクリフアイス)」などで第43回菊池寛賞を受貧。著書に「零戦燃ゆ」「ガン回廊の朝」「『死の医学』への序章」「『死の医学』への日記」「犠牲」「20世紀は人間を幸福にしたか」「『犠牲(サクリフアイス)』への手紙」「この国の失敗の本質」「読むことは生きること」「脳治療革命の朝」「緊急発言いのちへ」ほか多数がある。

 自らもノンフィクション作家である筆者が、
1970年代から1990年代の半ばまで、四半世紀にわたるノンフィクションを通覧した書である。
筆者が読んだ本は1万冊以上、本書に収録された作品は1600冊、作家数にして800余人という膨大なものである。
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 文学には文学史があり、文芸評論があり、全集もある。
しかし、ノンフィクションというジャンルが、新興のものであることも手伝って、
ノンフィクションには概括的に考察したものがなかった。
筆者はこの分野に早くから着目し、ノンフィクションが時代を映す鏡だと考え、ノンフィクションを収集してきた。
ドキュメント、ルポルタージュ、体験記、冒険記、紀行、伝記、自伝など、ノンフィクションは分野がひろい。

 二部構成になった本書は、
第一部は個人の体験ともいうべきもの、
第二部は社会性をもったものといった分け方になっており、
たくさんの作品が実に良く拾ってある。
本来ここに収録された作品を、1冊1冊丁寧に読んでいくべきだろうが、
筆者はノンフィクションを並べることによって、時代を見ようというのだ。
そして、本書の冒頭を「自分の死を創る時代」として、死に直面した人々の書いたものをおく。
この章が最初に来ることは、筆者のなかで必然があったらしい。

 なぜ人は、かくも生きた証しを求めるのだろうか。その背景には、人々の暮らしが物質面では豊かになり、生活や人生の質を重視するようになってきたという、日本人の価値観の変化があると、私はみている。戦争が終わった直後の、何はともあれ「生きていてよかった」という時代は遠い過去のものとなり、いまやただ生きていればよいというのでなく、どのように生きたのか、自分はこの世で何をしたのかということを時代状況のなかで真剣に考える時代になったのである。T−P41

 まさに衣食足って礼節を知るのであり、貧しい時代には生きるだけで精一杯である。
生きがいなどいうことは、豊かな社会でしか考えられないことである。
今まで人類は、豊かになることを夢みてきた。
そして現実に豊かになってみると、今度は生きがいが判らなくなる。
人間とは愛おしくも、何という不思議な動物だろう。
 
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 物質的な豊かさは、もちろんアメリカが最も早く手に入れた。

 個人個人が勤勉に働いて社会的に成功することを、最も大事な生活信条とする古きよきアメリカの精神的・社会的な風土への若者たちの信頼感が、1960年代のベトナム戦争や黒人解放運動などで崩れた後にアメリカにやってきたのは、国家への信頼と共通の価値観を失い、個人個人がバラバラで孤独になった索漠とした時代だった。T−P90

 この時代から、アメリカは孤独との付き合い方を学び、体得していく。
アメリカを追って豊かになったわが国は、今ちょうど孤独との付き合い方を学びはじめたところである。
一人になって自分を見る。
それが本書で取り上げるノンフィクションの洪水なのである。
自分史を見つめ、自分を考える。
そして、自分を社会のなかに置いてみる。

 巷間には物騒で殺伐とした事件が多発しているが、豊かな社会は住みやすい社会でもある。

 これは、障害者を座敷牢に閉じこめておくのが当たり前だった戦前のエピソードだが、障害者の差別と疎外が熾烈になったのは、やはり戦争の時代だった。障害者の太平洋戦争を記録する会(代表仁木悦子さん)編『もうひとつの太平洋戦争』(立風書房、1981年)に収められた手記の数々は、障害児・障害者が「非国民」とまで呼ばれた戦時下の実態を伝える貴重な記録である。T−P162

 それから30年、国や自治体の障害児(者)対策や人々の意識は、徐々にではあるが変化してきた。1970年代の後半あたりからは、人々が障害者を自然なかたちで受け入れ、障害者が健常者と肩を並べて仕事をし生活をすることができるような社会づくり、いわゆるノーマライゼーションの動きが、少しずつ広まり始めた。1981年の「国際障害者年」と1983年からの「国連障害者の十年」による行動計画のアピールが、その動きに拍車をかけた。アメリカで1990年に成立した、障害者の差別を禁止した革命的な法律ADAが、これから日本にも大きな影響を与えていくであろうことは、八代英太・富安芳和編の「障害を持つアメリカ人法 ADAの衝撃」(学苑社、1991年)で明らかにされている。T−P164

 第二部では、すでに馴染みの論客がたくさん登場する。
立花隆氏の一連の労作は、どうあっても無視できないし、
女性史の先端を切り開いた山崎朋子氏の「サンダカン八番娼館」は、忘れることができない。

 本書は、あまりにもたくさんの作品を盛り込み、やや総花的なところもあるが、
事典的な書物として目をとおしても、時間の無駄ではない。
ただ、筆者が高齢のためだろうか、工業社会的な物の見方を感じさせる部分もある。
真摯ではあるが、やや古い感じをもさせる。
巻末の索引は、丁寧につくられている。     (2004.1.2)
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参考:
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969

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