匠雅音の家族についてのブックレビュー     組織の不条理−なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか|菊澤研宗

組織の不条理
なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか
お奨度:

著者:菊澤研宗(きくざわ けんしゅう)  ダイヤモンド社、2000年 ¥2、800−

著者の略歴−1957年生まれる。1981年慶應義塾大学商学部卒業。1986年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。1993年ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員。1998年商学博士(慶應義塾大学) 1999年防衛大学校社会科学教室教授 現職 防衛大学校人文社会科学群公共政策学科・総合安全保障研究教授 著書:『日米独組織の経済分析』文眞堂、1998年、『市場と財務の相互作用論』千倉書房 1992年、『組織の経済学入門』文眞堂、1994年(共訳)『コーポレート・ガバナンス』中央経済社、1995年(共著) "Progressive and Degenerative Problemshifts of Organization'' ,Frank-Jurgen Richter (ed.), The Dynamics of Japanese Organizations, Routledge 1996. 「日米独企業組織の所有権理論分析」『経営学会議』創刊号1997年
 非合理な組織や非合理的な判断によって、太平洋戦争は敗れたわけではない、
といういささか挑戦的な主題である。
太平洋戦争を話題にすることが、ただちに戦争肯定を意味すると誤解されかねないので、
冷静な人は戦争について語りたがらない。
しかし、本書がいうのは非常識ではなく、むしろきわめて常識的なことである。
不条理な行動に導く原因は、人間の非合理性にあるのではなく、人間の合理性にある、と。
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 本書は、「失敗の本質」に触発されて書かれたと、あとがきにある。
同じ防衛大学の教官による著作である。
軍隊と企業は、組織結集の目的は異なっているが、組織という点では同じである。
そのため、昔から企業研究と軍事研究の共通性が語られてきた。
組織が運用効率を求める以上、両者に共通項をたてて研究することは、大いに意味のあることである。

 ガダルカナル戦で、インパール作戦で、なぜ日本軍は不条理な行動に陥ったのか。これまで多くの正統派研究者は、こうした組織行動を、日本軍に内在する非合理性が導いたもの、戦争という異常な状況でのみ発生する例外的な行動であり、日常的にはほとんど起こりえない異常な現象、とみなしてきた。
 しかし、このような不条理な行動に導く原因は、実は人間の非合理性にあるのではなく、人間の合理性にある、というのが本音を貫く基本的な考えである。
 しかも、このような不条理な行動は決して非日常的な現象ではなく、条件さえ整えばどんな人間組織も陥る普遍的な現象であり、現在でもそしてまた将来においても発生しうる恐ろしい組織現象なのである


と、表紙の見返しに書かれている。
本書の基本的な視点は、私も賛成である。
人として善良であることとか、良心的な行動が求められるのは、当然である。
しかし、人は誰でも、間違っていると信じて行動するのではなく、
正しいと信じて行動した結果、間違うのである。
また部分の正当性は、全体の正当性とは限らない。
そして地獄への道は、いつも善意によって敷きつめられている。

 わが国では、冷静で分析的な発想に慣れていない。
一生懸命だとか、死ぬ気でやるとか、とかく精神的な面ばかりが強調されて、
現実を冷静に見ることがなおざりされやすい。
それは本書も言うとおりである。

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 本書は、完全合理的な市場モデルを採用しない。
制度派経済学の流れをくみ、組織を市場と同じように資源配分制度であるとみなす。
そして、取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権理論によって、経済活動や組織の動きを説明する。
なぜ無効な白兵突撃戦術が、くりかえし使われたのかという疑問に対して、本書は次のように答える。
    
 日本陸軍はガダルカナル戦に至るまでに白兵銃剣主義に適合するように組織的にあるいは制度的に多くの特殊な投資を行っていた。(中略)  また、日本陸軍は、明治以来、精神主義に基づく白兵銃剣主義を具現化したリーダーや兵士を高く評価し、そのようなリーダーを育成する組織文化を形成してきた。(中略)さらに、陸軍は、日清・日露戦争以来、この白兵突撃を陸軍のスタンダードとして多大な教育コストをかけて 兵士を訓練してきた。(中略)しかも、日本帝国陸軍の戦闘組織も白兵戦を基礎として構成されていた。(中略)それゆえ、もし白兵戦術を変更すれば、戦闘組織も大幅に変更する必要があり、そのために多大な調整コストを必要としたのである。
そして、何よりも、この伝統的白兵突撃を放棄し作戦を変更すれば、この戦術のもとにこれまで戦死した数多くの勇敢な日本兵士の死自体が回収できない埋没コストとなることを意味した。それゆえ、白兵突撃戦術による戦いに敗れれば敗れるほど、この戦術変更に伴うコストもまた増加するという仕組みになっていたのである。P98


 その通りであるが、本書に従えば組織は必ず硬直化することになってしまう。
いくつかの組織を例示しながら、本書は簡単に失敗の例を示していく。
そして、組織を硬直させないために、<勝利主義><集権主義><全体主義>は間違っていると、批判する。
なぜ日本は戦争に負けたのかという設問に、
なぜ日本は勝てる見込みの少ない戦争を始めたのかと、筆者は問題をたてなおす。
そこで、限定合理的な世界で起きる不合理という答えをだすのだが、何だか同じことの繰り返しのように感じる。

 合理が非合理を呼ぶという視点には賛成するが、
本書の分析は表面的にすぎ、この展開では反対の結論をだすことも可能である。
組織へのより内在的な分析が必要で、本書の限りでは説得力が弱い。
筆者には歴史的な押さえがなく、国家や軍隊また組織を自立的に動くものとして考えている。
そのため、整合性だけで説明しがちである。
とはいえ、こうした研究は防衛大学関係者からしか生まれないだろうし、本書のそれなりの有効性は否定しない。
本書は有効な試論としておき、次にはもっと突っ込んだ分析を期待したい。
(2003.3.14)
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001年
ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009

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