匠雅音の家族についてのブックレビュー    昭和の皇室をゆるがせた女性たち|河原敏明

昭和の皇室をゆるがせた女性たち お奨度:

著者:河原敏明(かわはら としあき)  講談社、2004年 ¥1500−

 著者の略歴−1921年、北海道旭川市に生まれる。明治大学中退。元拓殖大学客員教授。1952年より、未踏の分野だった「皇室ジャーナリスト」の道を切り拓き、数々の特ダネを発表、今日に至る。著書には『天皇裕仁の昭和史』『昭和天皇の妹君』(以上、文春文庫)『美智子妃』『美智子皇后』『美智子さまのおことば』(以上、講談社文庫)『美智子さまと皇族たち』『美智子皇后 その愛と哀しみの物語』『雅子さまの愛と喜び』(以上、講談社文庫)などがある。

 筆者は皇室ジャーナリストと名乗る皇室賛美主義者である。
本書は際物めいた本で、内容に関してはどこまでが本当だか、よく分からない。
天皇制賛美の筆者が、本書を書いた真意がどこにあるのか不明だが、
本書の読後感は、やはり皇室はなくすべきだとの確信である。
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 明治以降、急遽作られた近代の天皇制だが、すでに100年を越える歴史があるので、やはり強固な因習ができあがっている。
人間の喜怒哀楽を、支配の維持のみに振り向けると、性格が異常になっていくのは不可避である。
天皇という人間を取り巻く人間模様が、きわめて異常であること。
そして天皇に限らず、皇室関係者たちの性格が異常であることがよく分かる。

 支配の意志は、人間性を大切にすることなど考えもしない。
だから、皇族だけでは支配が維持できないと考えると、庶民からも容赦なく人身御供を徴発していく。
正田美智子さんや雅子さんといった、時代の先端にいる人間を、一本釣りのごとく天皇制に巻き込んでいく。
本書でも、正田美智子さんの母親=正田富美子さんの心労を描いているが、これを読んでも支配の意志というのは凄まじいものだと知る。

 美智子妃が皇室に入ってからの、富美子の気苦労、心痛をあげたらきりがない。世間一般的にみると、正田家は天皇家と親戚関係にあたるが、皇室からみれば正田家はたんなる「ご縁のある方」にすぎず、対等な交際などできなかった。ご婚約この方、正田夫妻が一度も両陛下の住まう吹上御所に招かれたことがないのも、その一例といえようか。
 富美子は愛娘が暮らす東宮御所への訪問さえ、極力控えていた。孫にあたる浩宮、礼宮、紀宮を訪ねるのも、たいてい、誕生日や正月くらいだったし、それとても孫を抱き、ゆっくり遊ぶというような雰囲気ではなかった。P235

 娘を人質に取られてしまった以上、穏便な生活態度を保つこと、それ以外には正田夫妻の生きる道はなかった。
もちろん、娘を人身御供に差し出した親たちの責任であるから、厳しい状況に立たされても同情はしない。
しかし、生まれながらに身分の異なった人間という制度は、人間性を歪め多くの人間を不幸にしていく。

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 戦後は皇族制度がゆるみ、多くの皇族が庶民となった。
皇族といえども離婚もできるし、再婚もできる。
また、浮気を隠さなくても良くなった。
それでもなお、皇室の表向きと内向きの顔は、大きく異なっている。
こうした表裏の使い分けが、当事者たちの神経をどれほど疎外しているか。
鬱病や神経障害が発生するはずである。

 本書の巻頭は、昭和皇后だった良子の義姉の物語である。
松浦董子(しげこ)こと昭和皇后の兄嫁は1989年に死亡したが、
彼女が息を引き取った場所は、家賃3万円の6畳1間のアパートだったという。
しかも、彼女は生活保護を受けており、葬儀に参列したのはたった20数人だったらしい。

 経済的にはまったく不自由のない時代から、極貧に近い状態で迎えた晩年。
しかし、彼女はむしろ幸福だったと述懐している。
 
 年1回ある常磐会(女子学習院卒業者の親睦会)のクラス会も、毎年楽しみに欠かさず出席していた。静々たる夫人が多い中で、粗衣をまとっての出席は勇気がいることだろうが、家政婦であった自分を隠しもせず、臆するところがなかったそうだ。昭和63年のクラス会にも元気な姿を見せ、翌年も、との約束をして出席者と別れたのだった。P25

 支配の意志が、人間性を歪めてしまう例が多い中で、例外中の例外といえるだろう。
彼女からは大人の風格が漂う。とても心が洗われる話である。

 彼女の実家は、<創価学会に入ったことや、生活保護を受けて家名を汚した>ということだろうか、彼女との縁を切ってしまったとある。
彼女の葬儀に、実家からの参列者が1人もなかったとあるから、彼女と実家は没交渉だったに違いない。
汚れるような家名など、ないほうがどれほどましか。

 本書は多くの皇室関係者を登場させているが、天皇制の本質を論考するものではない。
だから、記述は表面的に過ぎないが、表面的であるだけに事実に即しており、いろいろと考えさせる。
「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」というタイトルだが、本書を読むかぎり皇室は、少しも揺るいでないように感じる。
むしろ、男性に頼るしかない女性という存在が、いかに虚弱なものかがよく分かる。

 皇室関係の女性たちは、結局、男性主流の天皇に寄生しているため、自活能力に欠けている。
結婚が永久就職となるので、夫たる男性の運命に、女性の生活が左右されていく。
そこには女性の自立の道はまったくない。
逮捕歴のあるシングルマザーと結婚した、ノルウェーの皇太子のような男性を生み出す素地が、我が国にあるだろうか。   (2005.11.08)
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参考:
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
繁田信一「殴り合う貴族たち」柏書房、2005年 
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001年
ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009
H・G・ポンティング「英国人写真家の見た明治日本」講談社、2005(1988)
A・B・ミットフォード「英国外交官の見た幕末維新」講談社学術文庫、1998(1985)
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
松原岩五郎「最暗黒の東京」現代思潮新社、1980
イザベラ・バ−ド「日本奥地紀行」平凡社、2000
リチャード・ゴードン・スミス「ニッポン仰天日記」小学館、1993
ジョルジュ・F・ビゴー「ビゴー日本素描集」岩波文庫、1986
アリス・ベーコン「明治日本の女たち」みすず書房、2003
渡辺京二「逝きし世の面影」平凡社、2005
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000
紀田順一郎「東京の下層社会:明治から終戦まで」新潮社、1990
小林丈広「近代日本と公衆衛生 都市社会史の試み」雄山閣出版、2001
松原岩五郎「最暗黒の東京」岩波文庫、1988
横山源之助「下層社会探訪集」現代教養文庫、1990


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