著者の略歴−1947年、東京生まれ。70年、慶應義塾大学経済学部卒業。出版社に入り、雑誌・書籍の編集に携わるかたわら日本近・現代史に興味を抱く。著書に、『公爵家の娘 岩倉靖子とある時代』『華族誕生名誉と体面の明治』『華族たちの近代』『闘う皇族 ある宮家の三代』、共著に、『日本のジャーナリズムとは何か』(柴山哲也編著)、『逆欠如の日本生活文化』(園田英弘編著)などがある。 天皇にかんしては、多くの言説が飛びかっている。 しかし、天皇を生みだす皇族については、あまり言及されないと筆者は言う。 たしかに天皇になってしまった人間を知ってはいるが、天皇予備軍に関しては、あまり知られていない。
明治以前には皇族と呼ばれる宮家は、伏見宮、桂宮、有栖川宮と閑院宮と4軒しかなかったらしい。 それが明治になると、続々と作られたのである。 そして、天皇制を支える組織として機能した。 筆者はなぜ、宮家が増えたのか、その原因を探っていく。 枢密院会議では、皇族を増やせば費用がかかるから、皇族を増やさないように法律を作るつもりだった。 とにかく明治政府にはお金がなかった。 そのため最初は、新宮家は一代限りとし、宮家の息子は臣下とする、というのが明治の元勲たちの意向だった。 しかし、反対した人間がいた。 このような事態が起きたのはなぜか。これまでの記述から分かるだろうが、二度にわたって出された太政官布告の原則(元勲たちの意向)に次々に例外がもうけられたのは、天皇の「特旨」があったからである。天皇は布告の趣旨を十分に理解しながら、その原則を破った。天皇はあきらかに太政官布告の定めに不満で、それを遵守しようという意思がなかったのである。P39 明治天皇は17歳の時に、20歳の女性と結婚したが、2人のあいだには子供ができなかった。 そこで5人の女性に手をだして、10人の子供を産ませている。 しかし、10人のうち真っ当に成人したのは、2人だけだった。 1人は大正天皇になり、もう1人は女性だったので、竹田宮と結婚した。
そのため、元気な子供に恵まれにくくなっていたのである。 それを知っている明治天皇は、天皇予備軍をなるべくたくさん用意したかったのである。 世襲制の天皇制を前提にすれば、明治天皇の心配はうなずける。 10人のうち2人しか育たないとあれば、なるべくたくさんの予備軍が欲しいのは当然であろう。 しかし、その後、大正天皇には子供がたくさんでき、多くが成人していく。 そのため、明治の元勲たちが、心配したのとは違った意味で、問題が多発した。 明治以前とくらべて格段に上昇した地位と権威をなんとしても保ちたいとの思いが、時とともに皇族たちのなかに定着し、それが政府や宮中の権力者たちをも悩ませるようになる。これからも日本近代において皇族という貴種たちがどのような存在だったかを、いくつかのテーマから見ていくが、その最も根底にはこのようなことがあったのである。P83 と、筆者は皇族と戦争など、やっかいな問題を記述していく。 いくつかの具体例を挙げているが、結局は、多くの皇室を維持するのは、困難だったことだ。 経済的にだけではなく、皇族が政治に巻きこまれ、軍隊でも特別に昇進していく。 こうしたことが歪んだ人間関係を、形作らざるを得なかった。 資格はありながら、皇族になれない者の鬱屈や、皇族の横暴など、人間である以上、さまざまな欲求に振り回される。 筆者は天皇制の是非には触れていないが、こうした天皇予備軍を見るだけでも、世襲制の天皇がいかに歪んだ存在だかわかる。 世襲制の支配は、高価につくのだ。 血族結婚が続けば、劣性遺伝になることは目に見えている。 しかも、生まれつき支配者に決められていたら、当人の人権はないに等しい。 誰も天皇予備軍の子供とは、本気で喧嘩するはずがない。 そんな子供時代を過ごした人間が、円満な性格になれるはずがない。 本書は天皇サイドに立っているように感じるが、天皇制はいかにも不自然な制度である。 天皇とその予備軍たちの人権を守るためにも、天皇制は廃止すべきである。 (2009.1.20)
参考: 田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001年 ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002 原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000 大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009 ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005 片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003 浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008 河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004 加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002 繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005 ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007 小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001 ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009 H・G・ポンティング「英国人写真家の見た明治日本」講談社、2005(1988) A・B・ミットフォード「英国外交官の見た幕末維新」講談社学術文庫、1998(1985) 杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994 松原岩五郎「最暗黒の東京」現代思潮新社、1980 イザベラ・バ−ド「日本奥地紀行」平凡社、2000 リチャード・ゴードン・スミス「ニッポン仰天日記」小学館、1993 ジョルジュ・F・ビゴー「ビゴー日本素描集」岩波文庫、1986 アリス・ベーコン「明治日本の女たち」みすず書房、2003 渡辺京二「逝きし世の面影」平凡社、2005 湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005 アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000 紀田順一郎「東京の下層社会:明治から終戦まで」新潮社、1990 小林丈広「近代日本と公衆衛生 都市社会史の試み」雄山閣出版、2001 松原岩五郎「最暗黒の東京」岩波文庫、1988 横山源之助「下層社会探訪集」現代教養文庫、1990
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