著者の略歴− 1942年英国ヨークシャー生まれ。オーストラリアの著名で経験豊かな調査報道記者で、『フェアファックス』紙の通信員として30年以上にわたって50カ国以上から、戦争、選挙、スキャンダル、著名人、社会問題などを報道してきた(benhills.com参照)。 1970年代はロンドンを拠点に主にアフリカと中東を取材し、80年代は香港、90年代は東京に拠点を移し、皇太子夫妻ご成婚を最初にオーストラリアに報じた。オーストラリアで最も権威のあるジャーナリズム賞であるウォークリー賞を受賞し、年間最優秀記者賞であるグラハム・バーキン賞の優秀賞を受けた。著書が2冊あり、『ブルー・マーダー』はアスベスト災害について、『日本−記事の裏側』は日本で取材した3年間について書いている。妻の金森マユ(写真家)とシドニーで暮らしている。 本書は、小和田雅子さんが皇太子徳仁の妻となって、皇室に嫁いだ話を書き記したものだ。 それだけなら、よくある皇室物と変わらない。 しかし本書は、あまりにも正確に書いたために、 オーストラリア政府にたいして日本政府から抗議がでて、結果として、当初の出版社から出版を差し止められた、というオチが付いた。
民間人が書いた本にたいして、政府が抗議するというのも異常なら、 それに従って出版社が著者を非難してしまうのも、また日本的な非常識をあらわしている。 幸いなことに、当初の出版予定だった講談社から、第三書館へと版元がうつって、やっと日の目を見た。 本書の読後感は、当然のことが当然に書かれているだけ、である。 なぜ宮内庁や外務省が、目をつり上げてオーストラリア政府に抗議したのか、まったく理解できない。 最初に読んだだけでは、どこの部分をもって「皇室に対する事実無根の侮辱的・抽象的な内容を有する極めて問題の多い書籍であった」(外務省報道官の発言)のか、わからなかった。 皇室を侮辱したと宮内庁が感じた部分は、野田峯雄さんが書いた「『プリンセス・マサコ』の真実」を読んではじめて判った。 講談社で出版を予定していたとき、宮内庁に事前相談していたらしい。 その結果、百数十カ所が削除されたが、結局、上梓にいたらなかった。 我が国の大手出版社は、すでに言論の自由を放棄している。 自主規制という言論統制に服しており、我が国は言論の自由はないと考えるべきだ。 戦前も、こうして戦争へと進んでいったに違いない。 本書は、削除や添削を一切省いて、筆者の書いたままに翻訳され、上梓された。 父親である小和田恆の略歴、家庭環境、そして、本人の生いたちなど、丁寧に記述している。 外務次官まで上り詰めた、小和田恆氏の人格的な冷たさや、 出世主義的な生き方を、いささかの皮肉を込めて書いている。 しかし、この程度の記述は、それほど異常ではない。
とりわけ結婚前の男性関係など、いっさい触れてはいない。 また、彼女が処女だったか否かといった話は、ほとんど触れてはいない。 そういった意味では、我が国の週刊誌よりも、すっと大人である。 しかし、皇室に関して事実を事実として書くことは、我が国では許されないのだろう。 野田氏の書には、削除された部分が列挙されているが、 あまりにたくさんあり、しかも削除する原則がない。 恣意的に削除している感じである。 後半になると、削除した理由が判らなくもない部分がある。 削除したのは次の部分だ。 1.雅子さんがうつ病であること 2.皇位継承権を放棄した皇族がいたこと 3.雅子さんに人工授精を強制したこと 4.愛子さんは試験管ベイビーであること 5.皇太子たちの皇族離脱の検討 といった部分は、宮内庁が触れて欲しくないのだろう。 2001年3月、雅子妃がすでに不妊治療のサイクルを始めていた頃、堤の診察が公式に発表された。宮内庁は後に遠まわしに「ホルモン治療」と言ったが、二と二を足せば誰にでもわかることだった。 世界初の試験管天皇となるかもしれない赤ん坊の誕生が準備されていたのである。 誰も記事にはしなかった。少なくとも日本では、また、ずっと後になるまでは。今日でさえ、雅子妃が日本の皇室で、おそらくは世界の王室で初めて体外受精治療を受けたのかもしれないとほのめかされると、反応は困ったような忍び笑いから憤激した否定までさまざまだ。 しかし、そうでなければどうして体外受精専門家の堤が関わってくるのか? P272 雅子さんが離婚すれば、彼女のうつ病は治るかも知れないが、 彼女は幸せにはなれないだろう、と筆者は言う。 皇太子はまだ雅子さんを愛しており、 万が一、女性の天皇が認められたら、愛子はお堀の外には出られず、母子が離ればなれになってしまう。 現在のような皇位継承を続けていくと、資格者がいなくなってしまうだろう。 筆者はそうした事情をも描き出す。 外国人に皇室の裏事情を書かれることを、役人たちは面白くなかったのだろう。 悠仁は皇太子と秋篠宮に続き皇位継承順位は第三位となる。そして、彼の誕生によって、政府が異論の多い法改正に取り組まなくても皇室は生き延びる。 しかし、それは一時的な猶予にすぎない。というのも、いまや天皇の聖なるY染色体を保つ重荷はすべて、守り刀を傍らにベビーベッドに横たわるこの痩せた未熟児の肩に−生殖器にと言うべきか−かかっているのだ。 彼が生き延びなかったらどうする? 生殖力がないことがわかったとしたら? あるいはゲイとか。 誰も結婚しようとしなかったら? 彼の伯母や祖母の運命を考えればそうなつてもおかしくはない。 あるいは、子どもを作る義務を単に受け入れようとしなかったら? 危機は一世代先送りされただけなのだ。P344 天皇の妻になる女性たちは神経を病むほど、 宮内庁に虐められると知れば、まだ小さい悠仁が結婚しない可能性は高い。 宮内庁があやつる人事が、彼等は良かれと思ってやっているにもかかわらず、 天皇制の今後を狭めている。 宮内庁のあまりの時代錯誤に、このまま放置しておけば、天皇制は消滅するだろう。 それが本書の読後感である。 (2007.09.04)
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