著者の略歴− 政治的な変革は昔からあった。 しかし、その評価は必ずしも高いものではなかった。 変革=革命はむしろ、一種のクーデターのようにすら見られていた。 それが近代に入る時、主権が国民に獲得された。 いや主権が庶民に移るのを、革命と呼んだのである。 それまでは、支配権が支配階級のなかでだけ、あちこちへと移動したにすぎなかった。 支配階級に属さない普通の人間が、支配するようになったのだから、 それを革命と言わずして何と言おう。
虐殺に血塗られたのが革命だとしても、 革命は近代の生みの親であり、近代は革命によって始まった。 だから近代にあっては、革命はロマンチックで正義感に満ちた響きをもっていた。 近代を肯定すれば、革命も肯定しないわけにはいかなかった。 しかし、イギリスのように旧体制が残った国では、革命を冷ややかに見る目が厳然としてあった。 革命は下克上であり秩序の破壊だから、保守的な人たちにはとても許容できなかったのである。 最初に産業革命に成功したイギリスでは、他の国をさしおいて国力が富み始めた。 遅れたドイツは貧しく、国内が不安定だった。 そうしたなか、ドイツに革命の萌芽が芽ばえていた。 しかし、まず革命が勃発したのは、ロシアだった。 1917年の2月革命につづき、10月にボルシェビッキによる政権奪取があり、 それが世界で最初の共産主義革命となった。 70年後の1987年に崩壊するまで、超大国として世界に君臨した。 ボルシェビッキ革命の後、ソ連が工業生産を向上させた時代、 わが国ではこぞってソ連の賛美が続いた。 革新的といわれる人たちは、ソ連について語り、モスクワ詣でをし、そしてアメリカを攻撃した。 ソ連が崩壊すると、今度は保守的な人が、ソ連をそして革命を語るようになった。 本書もその流れのうえにあり、 中央公論社が読売新聞に買収されたので、保守的な読売色が浸透してきたのであろう。 革命を冷ややかに否定的に見ている。 10月革命を共産政権による「自国民に対する戦争」の始まりと決めつけたその内容(テレビ放映されたドキュメントのこと)は、当時進められていたスターリン粛清の問い直しと並んで、国民に衝撃を与え、その歴史意識を大きく変えるきっかけとなった。 「自分を含め、大抵の大学生は、10月革命をロシアの悲劇と考えている。革命の後に来たのは、内戦など暗黒の時代だったと教えられた」と、モスクワ大学三年生、スベトラーナ・ルイバコワは言う。かつて「人類史の新しい黎明」と称されたロシア革命は、「ロシアの正常な発展を妨げた歴史的惨事」 へと、180度評価を変えたのだ。P11 アメリカが帝国主義といわれて、嫌われるばかりであるの比して、 人類の新たな歴史を切り開くと、ソ連は多くの人が絶賛した国家である。 収容所列島が刊行されても、ソ連賛美はなかなか下火にならなかった。 戦争に負けたのならいざ知らず、 通常の営みのなかで国家が崩壊したのは、ほんとうに珍しいことに違いない。 これほど正反対に評価のくつがえった歴史も珍しいだろう。
すべてが否定的に論じられる。 とりわけ粛清をともなったので、革命そのものすら否定されかねない。 建国の父といわれたレーニンの評価も、今や地に落ちた。 そして、スターリンはもちろん批判の対象だが、それに続く人たちも、否定的な評価はまぬがれない。 スターリン後のフルシチョフ時代、そして次のプレジネフ時代を経て、この「抑圧」権力の構図に幾分かの疑似的な改善はあったにしても、国家テロの体質は残った。しかし、ゴルバチョフ政権の改革路線下で「体制立て直し」(ペレストロイカ)が始まると、当然ながら、真っ先に独裁者に葬られてきた「歴史の暗部」に対する「見直し」が行われる。 ブハーリン裁判はその筆頭に取り上げられた問題だった。88年2月にソ連最高裁が「告訴事実に根拠はない」として無罪を決定、6月には名誉回復、7月には党籍回復が正式に決定されている。当時、旧時代の欺瞞を暴く機運は激しく、この「歴史見直し」を通じて残存体制の屋台骨が次々と砕かれ始めた。P45 ロシア人にとって、ソ連の崩壊は断腸の思いで見る歴史である。 ロシアで革命への再評価がなされるのは当然だが、わが国までその尻馬に乗るのは、無様である。 もう一方の社会主義革命だった中国に関しては、 まだ体制が存在しているので、本書はきわめて歯切れが悪い。 ロシア革命をはっきり否定しているが、中国はどうなるかわからない。 いずれも現在進行中のものには、自分の思い入れで語るのである。 中国はわが国の文化の故郷だから、 中国を悪く言うことは自分を攻撃することにつながりかねない。 とりわけ、保守的な人たちは、漢字文化や礼節といったものが大好きだから、 中国にある郷愁をもっている。 毛沢東の大躍進や文化大革命は失敗だったが、中国そのものは偉大だというわけである。 しかし、本当にそうだろうか。 人の評価というのは、あてにならないものだ。 本書も、読売新聞の記者たちが大挙して書いているが、 このうちのどの文章が歴史の時間に耐えられるのだろうか。 (2002.7.5)
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