匠雅音の家族についてのブックレビュー     軍事学入門|別宮暖朗

軍事学入門 お奨度:☆☆

著者:別宮暖朗(べつみや だんろう)筑摩書房2007年(2004年)¥800−

 著者の略歴−1948年生まれ。東京大学経済学部卒業。西洋経済史専攻。その後信託銀行に入社、マクロ経済などの調査・企画を担当。退社後ロンドンにある証券企画調査会社のパートナー。歴史評論家。ホームページ『第1次大戦』(http:〃wwl・m78.com)を主宰するほか『ゲーム・ジャーナル』(シミュレーション・ジャーナル社)に執筆。著書に『中国、この困った隣人』(PHP研究所)、『「坂の上の雲」では分からない旅順攻防戦』『「坂の上の雲」では分からない日本海海戦』(並木書房)、『東京裁判の謎を解く(共著)』(光人社)などがある。
 本サイトは平和を好み、もちろん戦争を好まない。
しかし、戦争があるのも、また人間の歴史である。
そして、戦争の最中でも、人間は生き続けなければならない。
とすれば、戦争について考えることは、絶対的に必要である。
そのため本サイトは、「西部戦線異状なし」 「失敗の本質」「戦争請負会社」などを取り上げてきた。
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 自称<平和主義者>がいうように、軍隊は悪だとしても、軍隊があるから戦争が起きるのではない。
むしろ平和運動や反戦運動が、戦争を招きさえする。
軍事組織とジェンダー」といった視点では、この視点自体が戦争を呼び起こすといっても過言ではない。

 本書はきわめて冷静に歴史を見ており、この手の本としては例外的にリアルで、純技術的である。
イデオロギーが先行しがちな軍事論において、これだけ冷静に時代を分析できる能力は希有のものだろう。
筆者の立場は、本サイトとは必ずしも一致しないが、本書には☆2つ献上する。

 本書の前提になっているのは、産業構造の変化である。
人間が喰うため=生きていくには、どれだけの土地やものが必要なのか、といった物質的な考察が基礎になっている。
そのうえに国家論や軍事を組み立てている。
そのために、軍隊を維持する費用や、占領地を維持する費用など、イデオロギー的な考察では無視されがちな事実をよくおさえている。

 第2次世界大戦が終わった後、日本がいなくなったアジア=植民地をどうするかが、問題になった。
権力の空白は許されない。
宗主国を戻すべきか。

 しかし、これは時代錯誤でした。アメリカ人が駐兵することができない土地に、古い植民地主義者のヨーロッパ人を駐兵させても、うまく行くものではありません。戦争によって、軍隊をある一定の地点に進めることは難しくありません。コストもそれほど大きくはありません。しかし平時に、そこに軍隊を駐留させることは別の問題です。P95

 戦後の歴史は、オランダやポルトガルなどのヨーロッパ諸国の衰退と、アジア諸国の勃興だった。
人口の少ないオランダに、人口が1億を超えたインドネシアを、直接に統治する力はなかっただろう。

 筆者は戦争には膨大な費用がかかり、たとえ勝ったとしても採算に合うものではないという。
戦争を始める動機も、単に市場獲得といった経済的な利益だけではないという。
これまた至言である。
そして、国家総動員といった戦争経済が、生産力を上げるかのようにいわれるが、そんなことはないという。
これまた当然だろう。

 つまり戦争経済(=統制経済)とは、国内に製版ギャップがある場合、すなわち製造能力が需要水準を大幅に上回っていなければ、生産は縮小しかねないのです。とりわけ物資生産を役所で数量コントロールした場合、致命的となります。統制経済とは準社会主義経済、国有企業経済であり、生産増強にはむしろ支障になりかねないものです。P256

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 戦争経済=統制経済=計画経済が上手くいくのなら、共産主義国家がなぜ崩壊したのか。
それに考え至れば、国家総動員態勢がいかに非効率的だったか、簡単に思い至る。
イメージとしての平和を訴えるばかりで、事実を見ないのは、戦前も戦後も変わっていない。

 筆者は、政治家に振りまわされる自衛隊というのは当然である。
政治家の指揮にしたがってこそ、あるべき軍隊の姿だという。
そのため、政治家の方針が変われば、軍隊もそれに従うのは当たり前である。
自衛隊が政治家の指示に従わなかったら、戦前の軍隊であるという。

 軍隊とは技術者集団である。

 仮想敵国をもとにした作戦計画をつくることは、防衛を職業とする、それは戦争を職業とすると同じことですが、参謀本部員にとって当然の日常業務です。作戦計画とは、発動されなければ戦争を意味することにはならない点に注意すべきであって、目的は作戦計画の存在と、それを実施できる装備・人員を擁して、仮想敵国が戦争を仕掛けることのないようにさせることです。つまり、戦争抑止=平和維持のためです。P154

 こうした技術者集団を指揮するのは、政治家であり為政者である。
もし、軍隊を指揮できない為政者がいたら、為政者の資格がない。
とかんがえれば、太平洋戦争の責任は、天皇にあると断言して良い。
天皇は軍事にタッチしていなかったから、彼に責任がないとなれば、戦後の象徴天皇制と何ら異なるところがなくなってしまう。

 地政学や軍事学は、危険な学問だと見られがちである。
しかし、現実を直視してこそ、平和維持ができるのである。
戦争を思考の対象としないのは、怠惰以外の何ものでもない。

 現在の日本にとっての同盟国はアメリカです。ですが、同盟国が自国にとって不利益な行動をとる事態はよく発生します。ドイツがソ連を侵略したときと同様に、イラク戦争は、国際法からみればアメリカの侵略とみるべきでしょう。当時のソ連国内は非人道的な状態にあり、フセイン治下のイラクも同様です。(中略)
 政治家にとり、集団安全保障からの離脱は常に誘惑です。「フリーハンド」「新秩序」「新航路」「独自外交」は有権者の人気取りの簡単な方法なのです。そして今でも、アメリカと距離をおき中国に接近し「日米中」三角同盟を模索すべきだとの声は有力です。
 加藤絃一元自民党幹事長の「日本はアジアのリーダーにならねばならない」もこれに沿っています。ですが、ドイツがヨーロッパのリーダーでないように、日本もアジアのリーダーではありません。1941年の失敗を二度と繰り返してはならないでしょう。P296


 と、<文庫版へのあとがき>とある。
 近代の終焉により、国民国家の存立基盤が希薄になった。
愛国心は国民国家を基盤としたものだから、徴兵制は今後は成立しない。
徴兵された兵士に、戦うことを強制しても、もはや戦場で戦わないだろう。
兵器の進歩は、兵士に長い訓練期間を要求する。
徴兵された兵士では対応できない。
徴兵制から志願制に変えざるを得ない。

 イラクへの出兵を見ると、戦争のコストがきわめて安くなっている。
爆撃から占領へと、大国にとって戦争が安価になった。
先進国だけいやアメリカだけが、かつての植民地戦争のような形で、侵略戦争をなし得るのかも知れない。
そのとき、我が国はいかなる対応を取るべきか。

 チベットへの対応や、ベトナム侵略の歴史を見ると、好戦的な中国とは仲良くするのは難しいだろうと思う。
感情に流されずに、冷静な現状分析をふまえて、平和維持を語るべきだろう。
本書から教えられることが多かった。   (2007.11.27)
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
石原里紗「ふざけるな専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
田嶋雅巳「炭坑美人 闇を灯す女たち」築地書館、2000
モリー・マーティン「素敵なヘルメット 職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
シェア・ハイト「なぜ女は出世できないか」東洋経済新報社、2001



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