匠雅音の家族についてのブックレビュー    属国−米国の包容とアジアでの孤立|ガバン・マコーマック

属  国
米国の包容とアジアでの孤立
お奨度:

著者:ガバン・マコーマック  2008年   凱風社  ¥2500−

 著者の略歴−オーストラリア国立大学名誉教授。1974年ロンドン大学博士号取得。日本と東アジアの政治、社会問題を歴史的視点で幅広く把握しようと研究を続けてきた。リーズ大学(英)、ラ・トロープ大学(豪)、アデレード大学(蒙)で現代日本史および日中、日韓、日米関係を中心に教え、1990からオーストラリア国立大学アジア太平洋研究所教授。1962年の日本留学以来ほば毎年来日し、東京滞在時にはよく皇居の周りをジョギングする。ネット雑誌「Japan Focus」のコーディネーターもつとめる。
 今さらオーストラリア人から、我が国はアメリカの属国だと言われなくても、それは国民の全員が知っている。
筆者は、最近とみに属国性が強まったといい、それは小泉慎一郎が首相を務めていた時代に、とりわけ加速されたという。
TAKUMI アマゾンで購入

 郵政民営化にしても、巨額な郵便貯金や保険を、市場開放によってアメリカに差し出すためだ、という批判はあった。
もちろん、郵政民営化はアメリカからの要求だったから、批判は当たっているだろう。
本書が鋭いのは、マッカーサーが天皇を残したのも、アメリカのためだという当然のことを指摘していることだ。

 日本をアメリカの世界戦略に組み込むためには、日本は天皇を頂いた特別な国であり、他のアジア諸国とは違うと、日本人に思わせることが大切だった。
日本をアメリカの支配下に置くためには、日本とアジア諸国を分断し、日本をアジアから引き離し、日本のアジア指向をつみ取ったほうが良かった。

 戦争直後の1945年当時、被害国であるアジア諸国は、日本と仲良くしようとは思わなかっただろう。
しかし日本が、アジアとの協調を欲するよりも、日本人自身に天皇という特別意識をもたせれば、アジアには接近しないとアメリカが考えたのだ。
だから、マッカーサーは他国にない天皇を温存したのだという。

 ベネディクトは、長期にわたって日本を米国に従属させるためには、日本文化の基底には、言葉にはできない、とりわけ非アジア的な天皇中心の「文化パターン」がある−という考えを広めると効果があると結論づけた。日本が心理的にアジアと距離をおけば、決してアジア諸国と共同歩調はとれないだろうし、米国に依存し続けるはずだと分析したのだ。米国にとって、日本が敗戦後もこの神話に固執するよう仕向けるほうが占領政策上得策だった。なぜなら、アジアを見下して同胞とみなさない日本はアジア諸国と連携できないだろうし、結果的に米国に依存し続けるに違いないからである。心理戦を研究したベネディクトの成果が初めて出版されたのは、天皇を統合の象徴とする新憲法が採択されたのと同じ年であった−前者は戦後秩序の心理的基礎となり、後者は法的基礎となった。P30

 実に鋭い指摘である。
天皇を持ちあげて、日本人の自尊心をくすぐりながら、しかも日本人に感謝されつつ、アメリカの統治を続けるのは、きわめてうまい支配である。
マッカーサーが天皇を残した理由は、決して日本のためではなく、アメリカのためだというのは支配の常識だろう。
にもかかわらず、お目出たい日本人は、天皇を残してくれたアメリカ人に感謝さえした。

 上記の指摘は、社会科学的な思考をする者にとっては、当たり前で驚きはない。
本書が鋭いのは、最近の日本の保守層が、二律背反の命題を抱え始めているという指摘で、それが占領期に敷設されたという点である。
保守派はナショナリストだというのが常識であり、いままで保守派は反米愛国だった。
国家・天皇を愛し、先祖信仰から靖国崇拝へと、連なっていた。
しかし、小泉たちから風向きが変わってきたと、本書は言う。

広告
 小泉はブッシュとの蜜月を演出した。
そこには今までの保守派と違って、靖国参拝を続けながら、より一層アメリカにすり寄って見せた。
反米愛国から、親米愛国になった。
中曽根ですら靖国参拝を躊躇したにもかかわらず、小泉は強行したうえに、自己正当化して中国や韓国との関係を悪化させた。
それでいながら、「ラブ ミー テンダー」を歌うという、アメリカ・フリークを演じた。

 ナショナリストは自国の歴史に拘るものだが、他国に媚びるようなことはしない。
靖国参拝とアメリカ追従は、完璧な二律背反だと本書は言う。
そのとおりだろう。
我が国をアメリカの属国にする行動と、靖国参拝は両立しない。
本書は、我が国がアメリカにとってATMだ、とブッシュが言っているという。

 アメリカの属国になる理由は、北朝鮮の脅威であろう。
北朝鮮が攻めてきたら、アメリカに守ってもらわざるを得ない。
だから、アメリカにすり寄るのだと思えば、納得はできるが、次のような指摘は考えさせる。

 東アジア地域内外の関係は北朝鮮を中心にして決定されてきた。「北朝鮮の脅威」がなかったら日本人は「対テロ世界戦争」にほとんど関心を示さなかっただろうし、米国がイラクやその他の国で米国の傀儡政権を樹立しょうと軍事財政両面で日本の支援を要求してきたとしても、それを日本が受け入れたとは思えない。日本は米国に服従することで周辺諸国の信用を失って孤立しているが、それでも、北朝鮮への恐れと嫌悪から米国の世界戦略を支持する意外に道はないと考えている。
 だが北朝鮮を支点とする均衡に頼る限り、米国の対アジア戦略は不安定にならざるをえない。仮に「北朝鮮の脅威」が解消したとすると、米政府は米軍の日韓駐留を正当化する何かほかの根拠を考え出さなければならなくなる。同時に、北朝鮮の脅威で正当化されていたミサイル防衛も再考されるだろう。この地域から米軍の影響がなくなれば、東アジアは急速に「ヨーロッパ」型野合の方向へ進み、政治・社会・経済にも大きな影響があるかもしれない。つまり米国にとって、北朝鮮の政策あるいは体制の転換という短期的目標を達成しょうとすると、東アジアを世界帝国に統合しょうとする長期的目標が害なわれることになる。米国が世界帝国の枠組みの中で東アジアにおいてもその帝国を維持しょうと考えるかぎり、逆説的に、米国にとって金正日が政権を維持し続けるほうが利益になっているのである。P178

 英仏両国より大規模な陸軍を有し、世界第二位の海軍を維持し、イスラエルを上回る空軍を持っている我が国が、アメリカの分隊になれば、アメリカは都合がいいだろう。
しかも、小泉軍曹と呼ぶブッシュであれば、我が国は離すことはできない。

 冷戦が終わって、ソ連の脅威がなくなったら、軍縮が進むかと思ったら、かえってアメリカ軍は増強された。
北朝鮮が崩壊しても、同じように日本はアメリカの属国性が強くなりこそすれ、独立国となることはないだろう。
当たっているだけに、悲しいかな、これが本書の読後感である。

 親アメリカと靖国参拝は両立しないだろうから、今後の保守派は、一体どんな信条をかかげてくるのだろうか。   (2009.1.5)
広告
  感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001年
ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009

「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる