匠雅音の家族についてのブックレビュー    窒息するオフィス−仕事に強迫されるアメリカ人|ジル・A・フレイザー

窒息するオフィス
仕事に強迫されるアメリカ人
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編著者: ジル・A・フレイザー  岩波書店、2003年   ¥2、300−

 著者の略歴−1956年生まれ。金融レポーターとして、「ニューヨーク・タイムズ」「ニューヨーク・オブザーバー」「フォーブズ」誌などのビジネス欄やファイナンス欄に執筆してきた。最近は「Inc.」誌のファイナンス担当の編集者や、「ブルームバーグ・パーソナル・ファイナンス」誌の寄稿編集者も務める。ニューヨーク市に夫と二人の子どもと住む。主な著書には、個人事業主の金融問題を扱った近著がある。

 農業という産業に、国民の90パーセントが従事していた頃、
人々は日の出とともに起き、太陽の下で働いた。
やがて工場や会社ができ、働く場所は室内へと変わっていった。
それに従って、労働には昼夜の別が消えていった。
仕事からは自然のサイクルという制限が外れ、
人々は人間が決めた時間に従って、忙しく働き始めた。
コンビニが24時間営業しているのは、いまや常識である。
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 前近代から近代への転換は、人々の働き方を変え、それにつれて労働観をも変えた。
近代人たちは忙しく働くようになったので、ゆっくりした自然からの中に働いている人間を、怠け者だとすら感じて始めた。
情報社会化する今、それと同質の変化が人間を襲っている。
携帯電話やラップトップのコンピューターがなかったつい数年前、人々は職場から離れれば仕事とは縁が切れた。
しかし、今日では事情が違う。

 情報社会の最先端にいるアメリカでは、
労働生産性の上昇とともに、24時間にわたっての労働が強制されてきた。
初めての体験に、アメリカ人たちは戸惑い、強いストレスを感じ始めている。

 この企業の新時代は、より厳格なコスト管理、レイオフ、効率化のための合併、絶え間ない職場合理化によって生まれた。そのうえに、今日のホワイトカラーの過重な仕事は、仕事量の増加とインフレに見合わない昇給や、医療保障給付の削減や、年金の減額や、長期休暇や祝日の消失といったかたちをとった、経済的報酬の減少をともなっている。P8

 肉体労働が主流だった工業社会の初期、やはり過酷な労働が跋扈し、マルクスなど共産主義者の台頭を促した。
資本主義の原資蓄積期には、人間を人間と思わない労働搾取がまかり通った。
そうした中から、フォードにおけるテーラーシステムが登場し、
肉体労働の管理が進み、1950年代にはアメリカの労働者は、世界で最も恵まれた境遇を獲得した。
しかし、工業社会の時代にあって、肉体労働者は常にレイオフの危機にさらされていた。

 近年、失業の危険にさらされる対象が変化してきた。ホワイトカラーが次第にレイオフを受けやすい弱い存在となりはじめたのである。80年代初めには、ブルーカラーの失業する機会はホワイトカラーのほぼ3倍だった。しかし今日では、失業の危険性はどちらもほぼ同じで、金融、保険、不動産といったホワイトカラーの代表的業界では、過去15年間で失業の可能性が3倍以上にも増加している。P59

 工場の登場が、肉体労働を変えたとすれば、
コンピューターの登場は、頭脳労働を変える。
この変化は人類が初めて体験することである。
だから、どこにも水先案内人はいない。
試行錯誤を繰り返していく以外には、楽しい未来をつかむことはできない。
後近代への転換点で、資本の論理が猛威をふるっているが、
いかなる体制も労働力を消耗し尽くすことはできない。

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 農耕社会から工業社会への転換を体験した人類は、
近代の入り口ほど過酷な体験をしなくても済むようにしたい。
今の体験が厳しいものだとしても、近代初期よりはずっと良いのだから。
2度目の体験を喜劇としないためにも、情報社会化を全体的に捕らえる必要がある。
 
 戦後の2、30年間に繁栄した巨大企業の世界は、完璧なものとはほど遠かった。女性差別や、人種差別や宗教差別がはびこっていた。経営官僚制が肥大化し活気をなくしていき、結局はその効率性に頼っていた大規模な企業活動にとって支障となった。アメリカでもっとも有名な企業の多くは、グローバルな存在であると当然のように思い込み、新たな世界秩序でいかに競争するかを学んで永続的に生き残ろうとした企業はほとんどなかった。P126

 本書を読んでいると、男性と女性がまったく同じ調子で扱われている。
インタビューを受けているのが男性だと思って読んでいると、女性だと知って驚くことが何度もある。
本書は語らずのうちに無意識で、アメリカでの女性の職場進出を物語る。
今や女性が職場にいるのは当たり前である。

 しかし、本書が懐古する職場が家庭的な雰囲気だった時代、
女性は職場なる世界にはいることはできなかった。
もちろん黒人だって、日本人を初めとするアジア人だって入れなかった。
白人男性によって開発が始まったコンピューターが普及するに及んで、
女性も黒人も日本人も職場に参入できるようになった。

 労働生産性の上昇は、ライバルを増やす。
ホワイト・カラーに属する白人の中年男性にとって、
かつて職場はのんびりとした家庭的な雰囲気だった。
しかし、女性や黒人そしてアジア人たちといった、ライバルの登場によって、家庭的な雰囲気は破壊された。
 
 貴族たちを平民と同様の生き物に貶めたように、
白人支配者たちを貶めたのは、コンピューターを手にした女性や黒人である。
頭脳に性差や人種の違いはない。
筆者はすでに女性も、ホワイト・カラーの一員であるかのように論じている。
筆者の論調は、如何にアメリカの性差別が、無化しているかの証であろう。

 職場が24時間の勤務態勢となっていくのは、労働強化として感じられるだろう。
我が国で、SOHOといって、もてはやさる職住一致は、まったく無慈悲な職場環境を作ろうとしている。
先端的な大企業が、工業社会的な雇用から脱しようとしても、社会がそれについて行けない。
社会的なセイフィティーネットが構築されなければ、SOHOを進めることはできない。
現在の労働環境では、SOHO労働者は、いわば落ちこぼれである。

 ところで、我が国でもオフィスビルの設計に、雇用者のほうから、仮眠施設の要求が出る。
残業で遅くなったときには、帰宅するより会社に泊まった方が楽だという。
だから仮眠施設の要求である。
実際、タクシーで帰るより、仮眠施設があったほうが、身体は楽だろう。

 しかし、オフィスビルに宿泊施設を併設することなど、
暗黙のうちに24時間勤務を認めることであり、労働基準法違反も甚だしい。
仮眠施設など、とても受け入れられない。
法律はいつも後から付いていくものだから、
試行錯誤の過程で多くの人が傷つかないと、時代の変化は理解されないのだろう。

 筆者はアメリカの厳しい雇用事情を論じ、大企業の横暴を告発している。
が、本書を読んでいると、如何にアメリカという国は、豊かな国かを実感させられる。
時代の最先端を進んでいることを知らされる。
そして、我が国はアメリカの何年か後を追いかけており、
先蹤者の苦労を知らずに済む幸せを感じる。     (2003.11.07)
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参考:
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969

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