匠雅音の家族についてのブックレビュー    市民トム・ペイン−「コモン・センス」を遺した男の数奇な生涯|ハワード・ファースト

市民 トム・ペイン
「コモン・センス」を遺した男の数奇な生涯
お奨度:

著者:ハワード・ファースト−晶文社、1985  ¥3、000−(絶版)

著者の略歴−1914年ニューヨ−ク生まれ。貧窮の中で育ち、少年時代、図書館の小説の棚を「AからZまで」読破したという。1947年、「赤狩り」の時代に禁固刑を受く。20世紀アメリカの年代記作者として広く讃えられ、アメリカ歴史小説の名手として名高い。おもな作品は、本書のほか「スパルタクス」「サッコとヴァンゼッティの受難」「最後のフロンティア」「四月の朝」「移民」四部作、「マッタス」など。現在カリフォルニア在住。

 どんな戦いにも、自分たちを正当化する理論が必要である。
正義と正義の戦いが、必死な戦いを生みだす。
独立戦争とて、例外ではない。
とりわけアメリカがイギリスから独立するには、母国との戦いであった。
だから、自己正当化の強固な理論が必要だった。
本書は、アメリカ独立戦争の理論「コモン・センス」を書いた男の物語である。
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市民トム・ペイン

 1774年トム・ペインことトマス・ペインは、ベンジャミン・フランクリンの紹介状をもって、アメリカにやってきた。

 べンジャミン・フランクリンは、フィラデルフィアの予言者的存在である。彼がペインに与えた紹介状はかびが生え、しわがより、すりきれていたけれど、フランクリンの女婿ペイチは、それを広げて丹念に読み、わかりました、お力になりましょうと答えた。たいしたことはできません、しかし、ここアメリカはよい土地で、ペンシルヴェニアはよい国で、フィラデルフィアはよい町です。これもジョージ国王陛下のおかげですな、陛下に神のお恵みを! ここでは飢える者はおりません。少なくとも根性さえあれば。わたしは、イギリス本国のことをとやかくいうつもりはありませんが、いくつかの点で、ここのほうがイギリスよりすぐれているんじゃないでしょうかな。P23

 コルセット職人だったペインは、ロンドンでは極貧だった。
その彼が約束の地アメリカにきて、フィラデルフィアでは、「フィラデルフィア・マガジン」を発行していた。
発行部数は順調に伸びていたが、厳しかった生活への恐怖は、まだ抜けきってはいなかった。
そんなときレキシントンで、農民の発砲した一発の銃声から、アメリカ独立戦争が始まった。

 その戦闘から、阿鼻叫喚から、早馬の使者のもたらしたニューイングランドの異変から、新しい何かが生まれようとしている。それはしかし、巨大で人間の理解を超えたものだ。運動や行為には転化できても展望や理性には容易に転化できないものだ……。トム・ペインはそう思った。急報の伝わった翌日のことである。彼はステート・ハウスの前に、つめかけた群集の一人として立っていた。P60

 今日でこそ、独立は肯定される。
独立のための戦争も、聖戦として認められる。
しかし、当時のアメリカは、イギリスの属州であり、イギリスの支配下にあった。
マスコミ好みの言葉を使えば、一部暴徒による暴動だった。
いわば反乱である。彼らに正義はない。
今日、北海道が独立するといったら、わが国の政府はどう言った対応をとるだろうか。
それを考えると、アメリカの独立は途方もない冒険だったのである。

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 独立にたいして正当性を主張しなければ、兵士たちは闘う根拠がもてない。
トム・ペインの主張は、反逆運動に思想的な裏付けを与えるものだった。
彼は、それを「コモン・センス」と名付けて発表した。
「コモン・センス」はたくさん印刷され、兵士のあいだで読まれた。
アメリカの独立戦争を良く支えた。
しかし、アメリカが独立して戦争が終わってしまうと、もはやトム・ペインには用はなかった。
戦いのためと建設のためでは、必要とされる論理が違う。
彼はアメリカを離れた。
 
 そして、ヨーロッパへ戻る。
この頃、ヨーロッパでは、風雲急を告げていた。

 もし、ペインが、フランスにおける革命の、この緩慢な整然たる展開の中に、一つの新しい世界の、兄弟愛に満ちた人間社会の、輝かしい夜明けを見ることができるのなら、イギリスの大人物たちだって、それを見ることができるのではないだろうか。文明とは理性的なものだ。フランス、イギリス、そしてアメリカが一緒になって、新しい秩序の確固たる土台を形成することができるはずだ。イギリス人たちは、ペインを賛美している。だから、ペインのいうことを聞くだろう。革命の必然性を悟り、流血を見ることなしに、革命の前に道を譲るだろう。−そう、ペインは考えた。P225

 自由・博愛・平等のフランス、民衆のためにとの革命。
アメリカの独立戦争もそうだった。
しかし歴史がどう動いたかは、ナポレオンを持ちだすまでもなく明白である。
1802年、彼は再度アメリカにわたる。

 ペインにとってはあまりに大きな負担だった。緊張のために頭が痛んだ。なすべきこと、気を使うべきことが多すぎた。折しも、ジェフアソンがふたたび大統領に立侯補していた。一時はジェフアソンに対し、子供のようにむくれていたペインだったが、大義の前には小さな私怨を捨て、ジェファソン支持の態度を決めた。大統領を支援する論説や訴えを書いた。P318

 1809年、トム・ペインはニューヨークで、その数奇な生涯を閉じた。
享年72歳だった。
市民の権利を訴え、今日の社会の基礎をつくった男の遺骨は、現在どこに埋葬されているか不明である。
本書は、それを全世界が彼の故郷だった、と結んでいる。
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参考:
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永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
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福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
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江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
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G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
ポール・ファッセル「階級「平等社会」アメリカのタブー」光文社文庫、1997
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
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フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
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ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
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リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
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オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992


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