匠雅音の家族についてのブックレビュー    学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史|ハワード・ジン

 学校では教えてくれない
本当のアメリカの歴史

上:1492〜1901年  下:1901〜2006年
お奨度:☆☆

著者:ハワード・ジン  あすなろ書房 2009年  上・下とも ¥1500−

著者の略歴−1922年、ニューヨーク州ブルックリン生まれ。ボストン大学政治学科名誉教授。パリ大学、ボローニャ大学客員教授。政治学者、歴史家、社会評論家、劇作家として活躍中。著書に「民衆のアメリカ史(上・中・下巻)」(TBSブリタニカ)、「テロリズムと戦争」(大月書店)など。
 「民衆のアメリカ史」を若い世代向けに、あらためて編集されたものである。
腰巻きには裏アメリカ史と書かれているが、けっして裏面史ではない。
アリエスの「<子供>の誕生」などが歴史として語られるのだから、本書も正当な歴史書である。
政治権力側の分析ではないが、民衆も政治を構成しているに違いはなく、正面からアメリカ史と名乗ったほうが良い。
<学校では教えてくれない>というのも不要である。
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学校では教えてくれない
    本当のアメリカの歴史  上
学校では教えてくれない
    本当のアメリカの歴史  下

 サィードも言うように、歴史は権力側が作るものだ。
だから、現在のアメリカ政府を構成する人たちの歴史が、正当な歴史とされやすい。
とくにアメリカの建国は、白人の入植からとされているので、アメリカ原住民の歴史は無視されてきた。
それはアメリカ合衆国に限らず、インカなどの南米でも同じことである。

 最近でこそ、インディアンがネイティヴ・アメリカンと呼ばれるようになり、黒人をアフロ・アメリカンと呼ぶようになった。
しかし、1960年以前は、白人の歴史がアメリカの歴史であり、正義は入植してきた白人の側にあった。
そのため、インディアンは抹殺の対象であり、黒人は人間ではなかった。

 本書はコロンブスが入植してくる頃から、筆が起こされている。
コロンブスは建国の父のような扱いを受けているが、原住民だったインディアンにとっては、侵略者以外の何者でもなかった。
インディアンとの約束はことごとく破られた。
彼等に土地を所有するという観念がないのを良いことに、彼等の土地は武力で白人たちに奪い取られた。
これも今や常識であろう。
 
 ヨーロッパからやってきた白人たちは、奴隷としてアフリカから黒人を輸入した。
そして、黒人には一切の人権を認めずに、徹底的に酷使していった。
アメリカの建国当時には、インディアンを殺すことが正義だったように、黒人を酷使することも人種差別の実践に過ぎなかった。
そして、白人たちは裕福な者と、貧しい者に分かれ、裕福な者たちが政府を作っていた。
これも常識だろう。

 南アメリカやカリブ海諸島には、ボルトガルやスペインが支配する、鉱山やサトウキビのプランテーションがあった。奴隷として働かせるため、1619年までに、100万人の黒人がアフリカから運ばれてきていたのだ。そもそも奴隷貿易は、コロンブスのアメリカ到着より50年も前に、10人のアフリカ人がポルトガルヘ連れてこられて、売られたときからはじまった。だから1619年に、ジェームズタウンにはじめて20人の黒人が送られてきて、入植者に売り渡されたときには、白人がアフリカ人を奴隷的労働力として考えるようになってから、長い歳月がたっていたのである。上−P30

 政府や企業の経営者たちは、インディアンと黒人を分裂支配した。
そのうえ、貧しい白人と黒人が結びつくのを防ぐために、人種差別政策を導入した。
貧しい白人には、選挙権などわずかな人権をあたえて、黒人とは別扱いしたのだ。
そのため、白人であれば豊かになる希望が生まれ、黒人には人権を与えなかった。
これも分裂支配の典型である。

 アメリカの人種差別は有名だが、ヨーロッパにはアメリカほど黒人がいなかったに過ぎない。
もともと南北アメリカ大陸には、白人はいなかったのだし、人種差別はヨーロッパの白人たちが生みだしたものだ。
それはアメリカだけの問題ではなく、ヨーロッパの白人も、人種差別主義者において同じだったが、黒人がアメリカ経済を支えていたので問題になったのだ。

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 人種差別の歴史に限らず、アメリカでは貧しい人たちは徹底的に、政府から排除された。
アメリカ独立の目的は、金持ちたちがイギリスからの搾取を脱するためだった。
トム・ペインの人生を見ればわかるように、独立後も金持ちたちがより裕福になるように、アメリカ政府は行動してきた。
アメリカ独立宣言には、素晴らしいことが書かれているが、インディアン、黒人、それに女性は対象になっていなかった。

 近代社会の入り口で、女性が排除されたのは有名な話である。
神に逆らったのは白人男性だけだったから、近代の主人公が白人男性だけだったのは、当たり前のことだ。
本書は、いかに貧しい人が酷い弾圧にあってきたか、細かく論じている。
我々が知っている戦後史の記述が正確だから、1900年以前の歴史も、本書が書く通りであろう。

 アラスカはロシアから買ったのだし、ハワイはひどい安値で買ったのだ。
メキシコからテキサスやカルフォルニアを奪い取ったのも周知であろう。
旧メキシコ領を歩くと、スペイン語の名残があちこちにある。
とにかくアメリカという国では、金儲けするためには何でもアリだった。

 ほとんどの富豪は、上流階級か中産階級出身だった。この時代に台頭してもっとも裕福になった者たち、たとえば銀行家J・P・モーガン、石油王ジョン・D・ロックフェラー、鉄鋼王アンドリユー・カーネギー、財政家ジェームズ・メロンやジエイ・グールドは、金を払って身代わりを立て、南北戦争の徴兵をまぬがれていた。メロンの父親は、息子にこう書き送っている。〈(おまえより)価値の低い命はいくらでもある。)
 彼らは政府と裁判所の助けを借りて、巨万の富を築いた。支援をえるには、対価を支払わなければならないこともあった。たとえば、トマス・エジソンは自分の事業に有利な法律を制定してもらう見返りに、ニュージャージーの政治家たちに、1人1000ドルを贈ることを約束している。上−P161


 我が国ではエジソンは、発明王として偉人扱いだが、アメリカではむしろ事業家として有名である。
エジソンの行為は、いまなら収賄であり明らかな犯罪である。
建国時代だから許されたのだろう。
すべての価値は、現状を肯定するためにあり、現在の金持ちたちを維持するために、教会から学校・政府が力を合わせてきた。それがアメリカの歴史であるという。

 第2時世界大戦は、我が国が当事者になり、しかもアメリカに負けたために、当時のアメリカの事情を知ることは少ない。

 この戦争(=第2時世界大戦)はまちがっていると考える者も多かった。約35万人が徴兵を忌避した。また4万人以上が、入隊しても戦うこと自体を拒否した。
 アメリカ最大の二つの労働組合、アメリカ労働総同盟(AFL)と産業別労働組合会議(CIO)は、戦争中はストライキをしないと約束していた。にもかかわらず、アメリカ史はじまって以来の多数のストライキが、戦時中に起きていた。1944年だけで100万人以上の労働者が、炭鉱、製鉄所、製造工場でストライキを行った。武器などの軍需物資をつくる会社が莫大な利益をあげている一方で、自分たちの賃金が凍結されていることに、多くの労働者が腹を立てていたのだ。下−P56


 総力戦で闘われたように見えるが、アメリカではストライキもあったと聞かされると、何だか考え込んでしまう。
徴兵忌避者のいる国に、我が国は負けたのだ。
本書はアメリカの若者たちのために書かれている。
しかし、外国人の我々が読むと、アメリカの歴史以上に自国の歴史が惨めになる。
 
 1901年で終わっている上巻は、時代が古く我が国では切実感が薄い。
しかし、下巻に入ると、第1・2次世界大戦、公民権運動、ベトナム戦争と続いてくるので、同時代に近くて実感をもって本書を読むことができる。
とくに1960年代にはいると、ボクの体験と重なってくるから実感が強い。

 反体制運動が世界的に起きたことも手伝って、アメリカでもベトナム反戦運動や反体制運動がおきてくる。
公民権運動や女性差別撤廃運動は、何といっても20世紀のアメリカがうんだものだ。
それでアメリカの白人男性を免罪するものではないが、アメリカがフェミニズム(=性差を越えて)をうんだことは特筆されて良い。

 女性に対する社会的な支配は、国がしているわけではない。それは、家庭内で行われているのだ。男性が女性を支配し、女性が子どもを支配している。物事がうまくいかない場合には、互いに暴力に訴えることまである。しかし、すべてが変わったとしたらどうだろう?
 もしも女性が自分を解きはなち、男と女が互いに相手に共感しはじめたら、男も女も、自分たちを抑圧しているものは外側にあるのだ、ということに気づくのではないか? おそらく、家族や親しい人間関係は、より大きな体制に抵抗しうる、勇気ある集団になりうるのだ。そのときこそ、男と女もちろん子どももふくめて −はともに手をたずさえて、社会を変えていけるのではないだろうか? 下−P99


 筆者は、女性による子供の支配を書いている。
この認識は、我が国では決してみることができないが、この認識が、現在のアメリカ映画の主題の1つを作らせている。
我が国のフェミニズムは、母性を強調し女性が弱者だというだけで、女性が子供にたいして支配者として登場していることに気づかない。
また、本書は女性の解放を、女性が男性と同様に、創造的な仕事をすることだという。
専業主婦を認めてしまう我が国のフェミニズムとは、大いに違う認識であり、彼我の違いを思い知る。

 しかし、本書を読んでの感想は、アメリカは海外侵略の国だということだ。
ウイリアム・ブルムの「アメリカの国家犯罪白書」も言うように、アメリカは建国以来、海外侵略の連続だった。
インディアンの住む土地へと侵略し、メキシコを侵略し、キューバを侵略し、フィリピンを侵略してきた。
そう考えれば、ベトナムもイラクもアフガンも、まったくアメリカの遺伝子がなせることかも知れない。
アメリカの白人男性には、誇れる自国の歴史かも知れないが、海外の人間にとってはアメリカは大迷惑な国である。 

 オバマ大統領の誕生まで、時間的に筆が届いていない。この続きを読みたいと思う。
  (2009.10.22) 
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
清水美和「中国農民の反乱」講談社、2002  
金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002
邱永漢「中国人の思想構造」中公文庫、2000
中島岳志「インドの時代」新潮文庫、2009
山際素男「不可触民」光文社、2000
潘允康「変貌する中国の家族」岩波書店、1994
須藤健一「母系社会の構造」紀伊国屋書店、1989
宮本常一「宮本常一アフリカ・アジアを歩く」岩波書店、2001
コリンヌ・ホフマン「マサイの恋人」講談社、2002
川田順造「無文字社会の歴史」岩波書店、1990
阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」講談社学術文庫、1991
永松真紀「私の夫はマサイ戦士」新潮社、2006
ハワード・ジン「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」あすなろ書房


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