著者の略歴−1971年福岡県生まれ。九州大学文学部史学科卒業、同大学大学院比較社会文化研究科博士課程中退。博士(比較社会文化)。現在、埼玉大学教養学部准教授。専攻は日本近現代史。主な著書に、『近代日本の徴兵制と社会』(吉川弘文館)、『明治・大正・昭和 軍隊マニュアル』(光文社新書)、『戦場に舞ったビラ 伝単で読み直す太平洋戦争』(講談社選書メチエ)、『旅順と南京 日中五十年戦争の起源』(文春新書)、『宣伝謀略ビラで読む、日中・太平洋戦争』(柏書房)がある。 軍隊に招集されたり、志願した男たちは、どんな日常を生きたのだろうか。 そうした問題意識にかられて、本書は書き始められている。 軍隊とは出身も学歴も関係ない、公平な社会だと思われているが、じつは確実な格差社会であり、不公平なのだった、と結論づけている。
現実の社会が、不公平であれば、軍隊だって不公平に決まっている。 軍隊がよって立つ社会を抜きに、軍隊が成立するはずがない。 そういった意味では、非正規社員が戦争を求めた発言は、パロディといえども正確ではない。 現実社会で格差にあえぐ者こそ、真っ先に激戦区に送られて、特権を持った者は招集さえされないのが現実である。 軍隊が創設された当初は、家制度が残っていたので、家の跡継ぎを招集できなかった。 したがって、長男は軍隊に行かなくても済んだし、学生も兵役が免除された。 戦前の学生とは、裕福なことの代名詞である。 まずここで、露骨な差別がまかり通っていた。 1940年当時、国民の一部は、米の飯が食えなかった。 当時の貧困は厳しく、貧乏人へは米がまわっていかなかった。 それに対して、軍隊では3度の食事が保証された。 陸軍の食事は日本人の平均摂取カロリーが2800キロカロリーであるのに対し3000キロカロリー、しかも少年飛行兵生徒にいたっては4000キロカロリーもある、賄料は東京付近の陸軍が1日1人当たり27銭5厘、「主婦之友社調査による中流家庭」が同20銭であるのに飛行兵生徒は「1日1人当たり実に36銭6厘…断然他の追随を許さない」などと宣伝している。P104
だから、兵士たちも耐えたのだ。 しかし、これは生きる最低限での話である。 軍隊に応召されるとなると事情は異なってくる。 大企業や官庁から出征していった者たちには、企業などの給料が支払われ続けたうえに、軍隊での給料も支給された。 つまり二重に給料がでたのである。 財閥中の財閥企業といえる三菱商事(東京市)は、応召中の俸給は全額支給、戦死者には500円、3000円の弔慰金を贈与する、三菱株式会社(東京市)は、職員−給料全額支給(有家族者・独身者とも)、従業員−全額支給、扶養家族のない者には8割支給する。応召中の身分は「現職とし勤務年数に加算す」る。勤務年数が問題になるのは、退職金や昇進にかかわるからである。P122 大財閥だから特別に手厚いとしても、三井物産も他の大企業も同様だったし、官庁もおおむね同じようなものだった。 それに対して、農家や職人・工員からの応召には、まったく手当は用意されておらず、軍隊での給料だけだった。 それを考えて、松本清張はフリーランスから、朝日新聞の正社員になっている。 これで残り家族への心配がなくなったといっている。 筆者が描くとおり、軍隊でも不公平がまかり通っていた。 死亡認定をめぐっての扱いも、不公平だったし、墓をつくることにも不公平はつきまとった。 とくに戦況が悪くなってくると、建て前は崩れ公平さはますます喪失していった。 それは筆者の描くとおりであろう。 しかし、軍人恩給はきわめて手厚く、軍人遺族年金はほかの年金に比べても高額である。 ほんらい戦争によって身内を失った者なら、反戦的な立場に立っても良さそうであるが、遺族たちはむしろ体制側である。 筆者のいうのは尤もであるが、軍隊を肯定的に見る目は残っている。 筆者の言わんとするところは、よく判るが、何だかいまいち説得力に欠けるように感じた。 (2009.4.10)
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