匠雅音の家族についてのブックレビュー     皇軍兵士の日常生活|一ノ瀬俊也

皇軍兵士の日常生活 お奨度:

著者:一ノ瀬俊也(いちのせ としや)  講談社現代新書 2009年 ¥760−

著者の略歴−1971年福岡県生まれ。九州大学文学部史学科卒業、同大学大学院比較社会文化研究科博士課程中退。博士(比較社会文化)。現在、埼玉大学教養学部准教授。専攻は日本近現代史。主な著書に、『近代日本の徴兵制と社会』(吉川弘文館)、『明治・大正・昭和 軍隊マニュアル』(光文社新書)、『戦場に舞ったビラ 伝単で読み直す太平洋戦争』(講談社選書メチエ)、『旅順と南京 日中五十年戦争の起源』(文春新書)、『宣伝謀略ビラで読む、日中・太平洋戦争』(柏書房)がある。
 軍隊に招集されたり、志願した男たちは、どんな日常を生きたのだろうか。
そうした問題意識にかられて、本書は書き始められている。
軍隊とは出身も学歴も関係ない、公平な社会だと思われているが、じつは確実な格差社会であり、不公平なのだった、と結論づけている。
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 現実の社会が、不公平であれば、軍隊だって不公平に決まっている。
軍隊がよって立つ社会を抜きに、軍隊が成立するはずがない。
そういった意味では、非正規社員が戦争を求めた発言は、パロディといえども正確ではない。
現実社会で格差にあえぐ者こそ、真っ先に激戦区に送られて、特権を持った者は招集さえされないのが現実である。

 軍隊が創設された当初は、家制度が残っていたので、家の跡継ぎを招集できなかった。
したがって、長男は軍隊に行かなくても済んだし、学生も兵役が免除された。
戦前の学生とは、裕福なことの代名詞である。
まずここで、露骨な差別がまかり通っていた。

 1940年当時、国民の一部は、米の飯が食えなかった。
当時の貧困は厳しく、貧乏人へは米がまわっていかなかった。
それに対して、軍隊では3度の食事が保証された。

 陸軍の食事は日本人の平均摂取カロリーが2800キロカロリーであるのに対し3000キロカロリー、しかも少年飛行兵生徒にいたっては4000キロカロリーもある、賄料は東京付近の陸軍が1日1人当たり27銭5厘、「主婦之友社調査による中流家庭」が同20銭であるのに飛行兵生徒は「1日1人当たり実に36銭6厘…断然他の追随を許さない」などと宣伝している。P104

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とあるように、初期の軍隊では、兵士への食事などきは配慮されていた。
だから、兵士たちも耐えたのだ。
しかし、これは生きる最低限での話である。
軍隊に応召されるとなると事情は異なってくる。

 大企業や官庁から出征していった者たちには、企業などの給料が支払われ続けたうえに、軍隊での給料も支給された。
つまり二重に給料がでたのである。
 
 財閥中の財閥企業といえる三菱商事(東京市)は、応召中の俸給は全額支給、戦死者には500円、3000円の弔慰金を贈与する、三菱株式会社(東京市)は、職員−給料全額支給(有家族者・独身者とも)、従業員−全額支給、扶養家族のない者には8割支給する。応召中の身分は「現職とし勤務年数に加算す」る。勤務年数が問題になるのは、退職金や昇進にかかわるからである。P122

 大財閥だから特別に手厚いとしても、三井物産も他の大企業も同様だったし、官庁もおおむね同じようなものだった。
それに対して、農家や職人・工員からの応召には、まったく手当は用意されておらず、軍隊での給料だけだった。
それを考えて、松本清張はフリーランスから、朝日新聞の正社員になっている。
これで残り家族への心配がなくなったといっている。

 筆者が描くとおり、軍隊でも不公平がまかり通っていた。
死亡認定をめぐっての扱いも、不公平だったし、墓をつくることにも不公平はつきまとった。
とくに戦況が悪くなってくると、建て前は崩れ公平さはますます喪失していった。
それは筆者の描くとおりであろう。

 しかし、軍人恩給はきわめて手厚く、軍人遺族年金はほかの年金に比べても高額である。
ほんらい戦争によって身内を失った者なら、反戦的な立場に立っても良さそうであるが、遺族たちはむしろ体制側である。
筆者のいうのは尤もであるが、軍隊を肯定的に見る目は残っている。
筆者の言わんとするところは、よく判るが、何だかいまいち説得力に欠けるように感じた。
(2009.4.10)
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参考:
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ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
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戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
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佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
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ジェリー・オーツカ「天皇が神だったころ」アーティストハウス、2002
原武史「大正天皇」朝日新聞社、2000
大竹秀一「天皇の学校」ちくま文庫、2009
ハーバート・ビックス「昭和天皇」講談社学術文庫、2005
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
浅見雅男「皇族誕生」角川書店、2008
河原敏明「昭和の皇室をゆるがせた女性たち」講談社、2004
加納実紀代「天皇制とジェンダー」インパクト出版、2002
繁田信一「殴り合う貴族たち」角川文庫、2005
ベン・ヒルズ「プリンセス マサコ」第三書館、2007
小田部雄次「ミカドと女官」恒文社、2001
ケネス・ルオフ「国民の天皇」岩波現代文庫、2009

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