匠雅音の家族についてのブックレビュー     ゲイ パリ−現代フランス同性愛事情|及川健二

ゲイ パリ
現代フランス同性愛事情
お奨度:

著者:及川健二(おいかわ けんじ) 長崎出版、2006年  ¥2200−

 著者の略歴− 1980年生まれ。ジャーナリスト、写真家。著書に『沸騰するフランス』(花伝社)、東郷健との共著に『常識を越えて〜オカマの道、70年』(ポット出版)、伏見憲明、松沢呉一他との共著に『「オカマ」は差別か『週刊金曜日』の「差別表現」事件−反差別論の再構築へ〈∨OLl〉』(ポット出版〉がある。 2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。パリ、ロンドン、ブリュッセル、リール、アムステルダムのゲイ・パレードに参加・取材。チュニジア、ギリシア、デンマーク、ベルギー、イギリスを取材旅行。欧州の政府要人・政治家へのインタビュー多数。 関心テーマは「書籍産業とアマゾン・コムの経営戦略」、「フランスのLGBT(レズビアン、ゲイ、パイ、トランス)」「フランス極右・極左・緑の党・政党フランスのための運動」、「大人のADD/ADHD(注意欠陥・多動性症候群)と抗鬱治療」などである。 ポット出版のサイトで『及川健二のパリ修行日記』と題するブログを連載中。http://www.pot.co.jp/oikenparis
 本書は、フランスがゲイ認知の先進国であり、アメリカや日本は後進国だという。
カナダ、ベルギー、スペイン、オランダは、同性の結婚を認めている。
だから、4ヶ国は先進国と言っていいだろう。
しかし、フランスでは最近、ゲイが焼き殺されそうになった。
同性間のセックスを禁止する法律は、1982年になってやっと廃止された。
フランスがゲイの先進国だというのには、ちょっと疑問が残る。
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 我が国をゲイの後進国だというのも、多いに疑問である。
まず、我が国では同性間のセックスが、法的に禁止されたことは未だかつてない。
ゲイがゲイだという理由で、殺されそうになった例は、1例もないのではないか。
また、ゲイであることを理由に、アパートを借りることを、拒否されたことも聞かない。
そして、ゲイであることを理由に、就職が拒否されたことも聞かない。
それとも、こうしたことは報道されないだけのだろうか。

 ゲイ差別は報道されないが、現実にはゲイがアパートを借りるのに、大きな支障が出ているというなら、本論は全面的に撤回する。
しかし、老人であることを理由にした入居拒否は聞くが、ゲイであることを理由にした入居拒否は聞いたことがない。
就職も年齢制限は聞くが、性嗜好制限は聞いたことがない。
ホームレスが殺されることはあっても、ゲイが投石にあったことはないだろう。

 我が国では、異性間でも公衆の面前でキスしたり、身体をまさぐり合ったりする行為は、ほぼ禁止されていると言っていい。
少なくとも、好意的には見られない。
とすれば、同性間のキスも同じように考えて良いのだろう。
男性同士で肩を組んだり、女性同士で手をつなぐ行為は、我が国では他の先進国以上に許容されているだろう。
また我が国では、同姓であれば性別が違っても、ホテルの同室に宿泊できる。
が、姓の違う異性は同室に宿泊できないことがある。

 何をもって、ゲイの先進国だとか後進国だ、と言うのだろうか。
ゲイの結婚が認められないことか。
だとすれば、ゲイの結婚を認めているのは、前記の4ヶ国しかないので、フランスも我が国も同じだと言うことになる。
筆者は我が国ではゲイ差別がまかり通っているというが、差別とは何かがきちんと定義されていない。
そのため、筆者の恣意が、本書全体を貫いている結果となっている。

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 ゲイの問題を論じる前に、家族や人間関係をどう法律や制度に反映させるべきか、それをきちんと論じて欲しい。
たとえば、法律婚と事実婚で扱いが違って良いのか。
私生児の相続権は嫡出児の半分で良いのか。
相続人に遺留分があって良いのか。
日本で生まれた外国人の子供は違う扱いをして良いのか、などなど、人権の根本を見据えて欲しい。

 人権概念を押さえたうえで、ゲイを論じるべきだ。
すると同性愛といっても、成人男性が男の子を愛するのは、ゲイと言わないことに気づくだろう。
おそらく筆者はゲイだと思うが、筆者はゲイが何であるか、よく判ってないようだ。
何でもフランスが先進国と見るのは、何も考えていないに等しい。

 フランスにはパクスがある。同性カップルの結婚を認めない他の国でも、パクスのように同性カップルの権利を保障するパートナーシップ制度を設けている国は多い。デンマーク、フィンランド、ノルウェー、デンマーク、アイスランドの北欧五カ国やドイツ、イギけス、ポルトガル、リユクセンブルク、チェコ、スイス、ハンガリーで同様の制度が存在する。P139

 パートナー制度は、各国によって少しずつ違うが、いずれも同性だけのために制定されたものではない。
家族や人間関係の法律や制度を見なおした結果、それまでの法律婚以外に、人間関係の結びつきを制度化したものだ。
パートナー制度をもうけた国は、家族関係の基礎を個人ととらえ、核家族ではなく単家族を視野に入れて、制度をつくっている。

 単家族を家族の標準とすれば、家族を作るにあたって性を問わなくなる。
だから、ストレートだろうがゲイだろうが、まったく同じ扱いになる。
遅れてきたゲイが、ストレートと同じになりたいのは判るが、ストレートの世界がすでにカップル文化を捨てようとしている。
そんな現代社会で、ゲイがストレートと同じ法律婚を指向しても、それはむしろ保守であり反動である。

 筆者が高齢化したときには、法律上の結婚など無意味になっているだろう。
ゲイが旧来の結婚を求めるべきではなく、現在の核家族的な結婚制度を、無化する方向が正しい。
自身のゲイにこだわるあまり、社会全体の問題だとの視点が形成されない。
筆者はまだ若いのだから、過去を見ずに、将来を見て欲しい。

 我が国のゲイも、働く女性たちから見捨てられた大学フェミニズムと、同じような道筋をたどるのであろうか。
そんな危惧を感じる。本サイトは、ゲイ解放を当然視するだけに、本書のような立論は残念である。    (2007.08.18)
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参考:
松倉すみ歩「ウリ専」英知出版、2006年
ポール・モネット「ボロウド・タイム 上・下」時空出版、1990
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
伊藤文学「薔薇ひらく日を 薔薇族と共に歩んだ30年」河出書房新社、2001
モートン・ハント「ゲイ:新しき隣人たち」河出書房新社、1982
リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」筑摩書房、1996
尾辻かな子「カミングアウト」講談社、2005
伏見憲明+野口勝三「「オカマ」は差別か」ポット出版、2002
顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000
及川健二「ゲイ パリ」長崎出版、2006
礫川全次「男色の民俗学」批評社、2003
伊藤文学「薔薇ひらく日を」河出書房新社、2001
リリアン・フェダマン「レスビアンの歴史」筑摩書房、1996
稲垣足穂「少年愛の美学」河出文庫、1986
ミシェル・フーコー「同性愛と生存の美学」哲学書房、1987
アラン・ブレイ「同性愛の社会史 イギリス・ルネッサンス」彩流社、1993
プラトン「饗宴」岩波文庫、1952
伏見憲明「ゲイという経験」ポット出版、2002
東郷健「常識を越えて オカマの道、70年」 ポット出版、2002
ギルバート・ハート「同性愛のカルチャー研究」現代書館、2002
早川聞多「浮世絵春画と男色」河出書房新社、1998
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
神坂次郎「縛られた巨人」新潮文庫、1991

バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう:忘れられた生活様式」鹿島出版会、1985


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