匠雅音の家族についてのブックレビュー    簡素な生活−1つの幸福論|シャルル・ヴァグネル

簡素な生活 1つの幸福論 お奨度:

著者:シャルル・ヴァグネル講談社学術文庫、2001年  ¥1000−

著者の略歴−1852〜1918。フランスの宗教家・教育者。はじめプロテスタン トの牧師となるが,のち教会を離れ「魂のふるさと」という寺院を創立,社会事業,初等教育の発展に貫献。著書に「正義」「青春」「剛毅」「炉ばたで」など多数ある。
 「清貧の思想」という貧相な考えが、はやったことがあった。
誰がどんな考えをもとうとも、まったく自由である。
現代とはそれはそれは、ありがたい時代である。
かつては、時の為政者や教会に反対する思想をもっただけで、監獄へ入れられたり殺されたりした。

TAKUMI アマゾンで購入
 思想統制はそんなに昔のことではなく、ソ連、日本など簡単に例を思い浮かべることができる。
魔女狩りを持ちだすまでもなく、西ヨーロッパでも思想の自由が確立されたのは、それほど昔のことではない。
近代になってからである。

 本書は、いまから約100年前の1895年に、フランスで書かれたものである。
監修者の前書きよれば、アメリカとヨーロッパを中心に空前のミリオンセラーになったという。
また、筆者はアメリカのルーズベルト大統領に招かれて、アメリカを訪問したりしてもいる。
この時代は、近代がやっとその世界を露わにし、成り上がる人が登場し、階級闘争が活発化していた。

 牧師だった筆者は、殺伐とした社会を憂い、良きむかしの心性を取り戻そうと、本書を執筆したに違いない。
だから本書は、現在は堕落した&昔は良かった式の見本で、いつの時代にもこうした発想はあると感心する。
もちろんこのブックレビューでは、私がこうした懐古的な発想を、最も軽蔑するのは自明このとである。

 ある種の欲求が生れることは、実際、一つの進歩を示すものです。からだを洗ったり、清潔な下着を着たり、 街生的な住宅に住んだり、一種の心づかいをもって身を養ったり、自分の精神をつちかった りする必要を覚えることは、卓越の一つのしるしです。けれどもその発生が望ましいものであ り、生活に対して権利を持っている数々の欲求があるにしても、また他方、不幸な影響を及ぼし、寄生虫のようにわれわれを食いものにして存在している欲求があります。 P21

といったあとで筆者は、

  一枚の着物しか持たない女たちは、どんな着物を着ようかと最も思いわずらう 女たちではなく、同じように、明日は何を食べようかと最も思いわずらう者 は、必要な最小限度の食糧を与えられている人々ではありません。人間の欲求は与えられる満 足によって増大するという法則の必然の結果として、人は財貨を持っていればいるほど、ますます財貨がほしくなるものなのです。 P23

といっている。欲望が欲望を生みだすのは、人間の本性である。
拡大する欲望は、何も近代のことではない。
しかし、筆者はその欲望を肯定しない。

広告
 上流階級だけが豊かな生活をするから、貧しい人たちには<求めるな>と本書はいっている。
筆者の訴えるものは、典型的な懐柔型の宗教思想である。
そして、突然に現代批判になる。

 あなた方は現代を楽しいと思いますか? わたくしは、現代は全体としてむし ろ悲しいと思います。そしてわたくしはわたくしのこの印象が、全くわたくしだけ のものではないと恐れます。現代人の生活ぶりを見たり、現代人の話しているところを聴 いたりしていると、彼らはあまり楽しんではいないという感じを、わたくしは不幸にして強くせずにはいられません。 P112

 1895年といえば衛生思想も確立していた。
近代の負の面ももちろんあったろうが、近代がもたらした長所もたくさん発現していた。
そうしたことにまったく無自覚なまま、何の根拠もなく無前提的に現代は楽しくないから悪なのだ、という筆者の発言には恐怖を感じる。
しかし、いつの時代にもこうした論者はいるから、それほど驚かない。
むしろ、本書を取り上げた理由は、監修者に関してである。 本書には、京都大学教授と名のる祖田修氏が、前書きと長文の解説をよせている。そのなかで、


 本書のいう簡素な生活 とは、その言葉自体からすぐに想像されるように、節約的で質素な生活を、というだけではない。出来るだけ 簡明な真実の中に自らの心身を保ち、ひそかにしかし毅然として日々を過ごし、自他共に光ある喜 びの日々を送ろうとする希望の書なのである。それはごくありふれた事実や、日常的な心の動きから説 き起こし、私たちを深い人間的洞察へと導き入れ、感動と感銘を与え、生きるエネルギーを与えてくれる、そのような不思議な書なのである。 P247


 
今百年の時を超えてなお、本書は私たちの心に強く響くも のを持っている。
いやそれどころか、今まさにヴァグネルの提起したことを実残しなければ、個人も人類もあとのない時を迎えているとも言えよう。
監修者の経歴は何も記されていないが、監修者である祖田修という人の精神構造は、ものを考えている人のそれとは思えない。
しかも、拡大する無限の欲望と、生産における拡大指向を混同している。

 欲望が拡大するのは、いつの時代でもある。
しかし、生産における拡大の欲望は、近代のものである。
土地を相手に労働していた前近代では、土地の属性に拘束されて、生産における欲望は無限に拡大しようがなかった。
農耕から工業へと転換したので、土地の拘束から切り離されて、生産における欲望が、無限に拡大をはじめたのである。
2つの戦争をくぐって、人間は幅の広い視点を獲得したはずである。

 研究者である大学教授が、こうした宗教思想にうつつを抜かすのは、もう犯罪としか言いようがない。
講談社学術文庫には良書がたくさんあるが、本書を学術文庫におさた編集者の感覚を疑う。

広告
 感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、
I・ウォーラーステイン「新しい学 21世紀の脱=社会科学」藤原書店、2001
レマルク「西部戦線異常なし」新潮文庫、1955
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
田川建三「イエスという男 逆説的反抗者の生と死」三一書房、1980
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社

M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
田川建三「イエスという男」三一書房、1980
ポール・ファッセル「階級「平等社会」アメリカのタブー」光文社文庫、1997
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
北見昌朗「製造業崩壊」東洋経済新報社、2006
小俣和一郎「精神病院の起源」太田出版、2000
松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
斉藤茂太「精神科の待合室」中公文庫、1978
ハンス・アイゼンク 「精神分析に別れを告げよう」批評社、1988
吉田おさみ「「精神障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女平等への道」明窓出版、2000
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
三戸祐子「定刻発車」新潮文庫、2005
ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
C.ダグラス・ラミス「ラディカル デモクラシー」岩波書店、2007
オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992



「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる