匠雅音の家族についてのブックレビュー    人類史のなかの人口と家族|木下太志、浜野潔編著

人類史のなかの人口と家族 お奨度:

著者:木下太志、浜野潔編著    晃洋書房、2003年  ¥2400  

 著者の略歴−木下太志 筑波大学社会工学系教授、古城泰 2000年死去、 浜野潔 関西大学液剤学部教授、沢山美果子 順正短期大学幼児教育科教授、山村聡 香川大学教育学教授、 清水浩昭 日本大学文理学部教授
 歴史人口学という新たな研究領域ができた。
経済学、考古学、社会学、文化人類学などの既存の研究領域から、それぞれに人口の消長を調べていた。
が、約50年前にフランスで新たな学問分野として、歴史人口学は成立した。

 ルイ・アンリとピエール・グベールは、それぞれ別々にしかもほぼ同時に、キリスト教会が洗礼・結婚・埋葬を記録した「教区簿冊」をつかって、近代以前の人口動態構造を明らかにした。
速水融氏がそれを学んで帰国し、我が国の宗門人別改帳に応用して、我が国でも歴史人口学が開花した。
本書は、速水融氏に学んだ人たちが書いた、歴史人口学に関する入門書である。
 
   第1章 狩猟採集社会の人口
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   第2章 農耕の起源と人口
   第3章 歴史人口学の誕生とその成果
   第4章 妊娠・出産・子育て
     −歴史人口学と社会史の対話−
   第5章 家族と世帯の研究史
     −文化人類学と歴史学を中心として−
   第6章 人口史料の比較近世史
   第7章 近代化の過程と人口転換
   第8章 人口高齢化と家族
     −地域性を中心にして−
   第9章 人口、自然環境、開発
      −人類の新しいチャレンジ−


 6人の筆者が、分担して書いている。
入門書に止まらず、示唆に富んだ内容になっている。
人口動向は、大まかに掴めてはいたものの、具体的な家族との関連性は不明だった。
当サイトのように、家族論を考えるものにとっては、家族の規模や構造などは不可欠の知識であった。
それが徐々に具体化されてきたのは、本当に有難い。

 何十人もの大家族とか、乱婚形式が家族の始まりだという人は、もはやいないだろう。
狩猟採集時代では、頻繁な移動が不可欠だったことや、寿命が短かったことも手伝って、
大人数の家族を構成できなかっただろう。
また、農耕社会になっても、土地の生産性の制約から、巨大な家族ができたとは考えにくい。
おそらく5〜7人程度が、どんな時代でも家族の人数であったと思う。

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 狩猟採集社会の死因で最も多いのは、狩猟採集活動中の事故とケンカや抗争の暴力によるものだという。
事故と暴力が、彼らの命を奪うというのは、厳しい時代だったと想像させる。
農耕が始まると定住によって、家族人口の規模が大きくなったが、それでも土地による制約は残る。

 歴史人口学の本領は、「家族復元法」である。
それによって新たな発見が続いた。
近代にはいると、高出生率・高死亡率の段階から、低出生率・低死亡率の段階へと変化する。
この変化を、トンプソンの「人口転換理論」で説明されてきた。
死亡率が出生率を決定すると考えたこの理論は、「家族復元法」によっていくらか修正を受け始めてきた。

 ヨーロッパにおける出生率低下は,工業化や都市化が進んでいるか,進んでいないかにかかわらず,また識字率の高い地域,低い地域に関係なく起きたということである。人口転換理論では,工業化,都市化,義務教育の普及などによって代表される「近代化」が出生率低下の前提であると考えられており,近代化がある一定のレベルに達して初めて,出生率が低下し始めるとされていたので,この点は多くの研究者を驚かせた。(中略)
 出生率低下が始まるタイミングと低下のスピードは,社会経済的要因よりも文化的要因によって決定されたということである。(中略)実際に,ヨーロッパの多くの地域において,1880年から1910年の30年間というごく限られた短い期間に出生率が低下し始めた。
 近代化以前の高い乳幼児死亡率は,望まれぬ子供たちを排除したいという態度の反映であった可能性がある。P128


 当サイトが主張する、大家族→核家族→単家族という変化は、家族のあるべき理念型であり、現実の家族構成員数ではない。
しかし、現実の家族構造と大きく離れていたら、理念型としても成り立たないので、
「家族復元法」による成果にはとても興味がある。

 「家族復元法」はとても地道な基礎研究が必要だったが、
最近ではコンピューターが導入されて、様々な分析が可能になり、
しかも分析精度もあがっている。
いまのところ、「単家族論」を修正する必要には迫られていないが、
今後の研究成果が楽しみである。   (2004.9.10)
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参考:
鬼頭宏「人口から読む日本の歴史」講談社学術文庫、2000
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社

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G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
田川建三「イエスという男」三一書房、1980
ポール・ファッセル「階級「平等社会」アメリカのタブー」光文社文庫、1997
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
北見昌朗「製造業崩壊」東洋経済新報社、2006
小俣和一郎「精神病院の起源」太田出版、2000
松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
斉藤茂太「精神科の待合室」中公文庫、1978
ハンス・アイゼンク 「精神分析に別れを告げよう」批評社、1988
吉田おさみ「「精神障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女平等への道」明窓出版、2000
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
三戸祐子「定刻発車」新潮文庫、2005
ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
C.ダグラス・ラミス「ラディカル デモクラシー」岩波書店、2007
オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992



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