匠雅音の家族についてのブックレビュー     バンコクに惑う|下川裕治

バンコクに惑う お奨度:

著者:下川裕治(しもかわ ゆうじ)1998年(1994年) 双葉文庫 ¥457−

 著者の略歴−1954年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。新聞社勤務を経てフリーランスに。著書に「新・バンコク探検」「タイ語でタイ化」「歩くアジア」「12万円で世界を歩く」「アジアの友人」など多数。
 上梓後15年もたつ本書を取り上げるのは、いささか趣旨が違うようにも思う。
しかし、本書が近代化の足跡を記していると感じたので、あえて取り上げることにした。

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 1994年といえば、アジアの勃興がいわれ始めたときで、途上国といわれたアジア諸国の発展がはじまった時期である。
筆者は1976年にはじめてタイを訪れていらい、一時は一家で住んでいたこともある。
その後も、年に数回のペースでバンコクを訪れている。

 タイ語もモノにした筆者は、タイ人の気持ちの細部まで知っているようだ。
タイに憑かれ、タイに呆れ、それでもタイから離れられない気持ちはよく判る。
ボクも、1990年頃から95年にかけて、アジアを歩いたが、タイの好印象は鮮烈に残っている。
とにかくタイ人は優しいのだ。

 バンコク沈没という言葉があった。
バンコクの心地よさに、その気ではなかったのに、バンコクに居着いてしまうことを称したものだ。
日本でもてない男たちが、タイの女性の優しさにほだされて、バンコクに住み着くことが多かった。
しかし、通貨危機以来、タイ女性も変わってしまった、と筆者は嘆いている。
それでも日本に比べれば、タイは時間の流れがゆっくりしており、豊で優しい国である。

 1992年に、バンコクのタクシーにメーターが付いたという。
 
 (タクシーのメーターを)わけも分からないままスイッチを押してしまい、料金をゼロにしてしまうおっちょこちょいまで現われるようになってきた。
 こんな経緯を日のあたりにすると、やはりタクシーのメーター制というのは、ある程度の経済レベルに達しないと成功しないものだと痛感してしまう。タイはようやくGNPが千ドルを超えた。これはいいタイミングだったのかもしれない。P109




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 筆者は多くの国を歩いているので、どこの国がいつ頃、タクシーメーターを導入したか知っている。
そして、近代化が進んでいない国は、メーターという物を導入しても、それを使えないことも知っている。
近代的な機械は、人々の意識まで近代化しないと、物だけを導入しても使いこなせないのだ。

 途上国の人たちだって、誰でも賄賂は悪いことだと知っている。
しかし、途上国の賄賂は、必要悪でもある。
国家財政が貧弱で、役人の給料が安いので、給料だけでは生活できないのだ。
また途上国だって、売春が違法であるのも、先進国と変わらない。

 もちろんタイでは売春は違法である。当然、売春宿は日陰の存在である。しかし堂々と営業できるのは、高額なワイロが警察に渡されているからだ。警察官の給料は安い。このワイロがあって、警察官も生活できるようなものなのだ。P136

 残念なことだがタイ人のなかには、政治家と役人は、地位を利用して私腹をこやし、権力を使って他の政治家を蹴落とすことがあたり前といった風潮がある。タイ人というのはある意味では、したたかな現実主義者である。P198

 筆者はタイ人の国民性とか、民族性を持ちだして、タイの現状を説明しようとする。
現地で生活していると、たしかに現在のタイ人と日本人を比べたくなるだろう。
しかし、日本人だって、ついしばらく前は賄賂が好きだった。
お中元やお歳暮は、賄賂の名残である。

 我が国で管理売春が廃止されたのは、戦後の1958年になってである。
政治家の私腹だって、田中角栄を見るまでもなく、相変わらず続いている。
タイ人の国民性もあるが、農業を主な産業とする社会では、その社会特有の価値観があるのだ。
それが近代化して工業社会になると、工業社会の価値観に変わるに過ぎない。

 タイ人は時間を守らないとか、将来設計ができない、と筆者はいう。
それだって、途上国はどこだって同じである。
筆者のタイ人への目は、同じ仲間といった感じで、とても好感を持つ。
しかし、近代化にしたがって、どこの民族も変化していくのだ。

 本書は近代化の途上、いや近代化のまっただ中にある社会をえがいて、じつに説得的である。   (2009.2.12)
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参考:
アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000
石井光太「絶対貧困」光文社、2009
上原善広「被差別の食卓」新潮新書、2005
ジュリー・オオツカ「天皇が神だった頃」アーティストハウス、2002
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000

六嶋由岐子「ロンドン骨董街の人びと」新潮文庫、2001
エヴァ・クルーズ「ファロスの王国 T・U」岩波書店、1989
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう:忘れられた生活様式」鹿島出版会、1985

高尾慶子「イギリス人はおかしい」文春文庫、2001
瀬川清子「食生活の歴史」講談社学術文庫、2001
西川恵「エリゼ宮の食卓 その饗宴と美食外交」新潮文庫、2001
アンソニー・ボーデン「キッチン・コンフィデンシャル」新潮社、2001
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
会田雄次「アーロン収容所」中公新書、1962
今一生「ゲストハウスに住もう!」晶文社、2004
レナード・ショッパ「「最後の社会主義国」日本の苦悩」毎日新聞社 2007
岩瀬達哉「新聞が面白くない理由」講談社文庫、1998
山本理顕「住居論」住まいの図書館出版局、1993
古島敏雄「台所用具の近代史」有斐閣、1996
久家義之「大使館なんかいらない」角川文庫、2001
田中琢&佐原真「発掘を科学する」岩波新書、1994
臼田昭「ピープス氏の秘められた日記」岩波新書、1982
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

下川裕治「バンコクに惑う」双葉文庫、1994
清水美和「中国農民の反乱」講談社、2002  
編・暁冲「汚職大国・中国」文春文庫、2001
顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000
金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002
邱永漢「中国人の思想構造」中公文庫、2000
中島岳志「インドの時代」新潮文庫、2009
山際素男「不可触民」光文社、2000
潘允康「変貌する中国の家族」岩波書店、1994
須藤健一「母系社会の構造」紀伊国屋書店、1989
宮本常一「宮本常一アフリカ・アジアを歩く」岩波書店、2001
コリンヌ・ホフマン「マサイの恋人」講談社、2002
川田順造「無文字社会の歴史」岩波書店、1990
ジェーン・グドール「森の隣人」平凡社、1973
阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」講談社学術文庫、1991
永松真紀「私の夫はマサイ戦士」新潮社、2006


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