著者の略歴−1977年、東京都生まれ、作家。海外の生活や文化に関する作品を数多く発表。主な著書に、 アジアの障害者や物乞いを描いた『物乞う仏陀』(文春文庫)、知られざるイスラームの性や売春を描いた『神の棄てた裸体−イスラームの夜を歩く』 (新潮社)などがある。また、活字以外でも、NHK等でのドキュメンタリ番組の制作を手掛けるほか、写真、漫画原作、ラジオなど幅広いジャンルで活躍する。講演や講座も各地で行っている。 ホームページ http://www.kotaism.com メール postmaster@kotaism.com 1977年生まれの筆者は、学生時代から人の行かない地域を歩いていた。 「神の棄てた裸体」を書いた筆者が、続けてきた旅の結果、辿り着いたのが本書だという。 本書は、講義の形をとっており、スラム編、路上生活編、売春編の3部構成になっている。 どれをとっても、貧困さは限りなく深い。 筆者は自分で体験して、貧困の中で生活している人の実相に迫ろうとしている。
アジアとアフリカの一部を、貧困という視点でまとめている。 ボクはアフリカを知らないが、アジアは本書の描くとおりである。 アジアの貧困もひどいが、アフリカの貧困は本当にひどい。 内乱が絡んでいるだけに、子供が兵士になる例が多く、問題をより複雑にしている。 路上生活であっても、そこには食事、睡眠が不可欠であり、排泄もする。 彼(女)らにだって、もちろん精神生活がある。 親子の愛情もあれば、男女関係も日本人と同じ程度にさかんである。 お金がないということから、生活が制限されることはあっても、人間的な営みはそれほど変わるものではない。 貧困は厳しい。 本書が取り上げるような貧困は、国や戦争が絡んでいるので、個人の努力ではいかんとしようもない。 田舎で食えなくなった人が、都会にむかうが、手に職のない人が稼げる仕事などあるはずがない。 男性なら肉体労働、女性なら売春というのが、定番だろうか。 途上国では、家族のつながりが強い。 都会にでた人間は、必死で働いて仕送りをする。 仕送りの心理とは、報恩なのだろうか。 それとも、義務なのだろうか。 戦後のパンパンには、長女が多かったという。 長女が家を支え、他の兄弟姉妹たちを養わなければならなかったからだろうか。 現代の日本人なら、仕送りを続けることに耐えられるだろうか。 日本人が忘れてしまった、何だかまったく違う心理のように思う。
貧困に生まれた子供は、ほぼ確実に貧困に死ぬ。 スラムを形成できれば、街ができるから、少しは楽かもしれない。 しかし、路上生活となると、その厳しさは筆舌に尽くしがたい。 厳しさは、弱者を襲う。 貧困の厳しさは、子供と女性に集約的に表れる。 男の子でも、強姦の対象になり、10才そこそこで身体をねらわれる。 それがトラウマとなり、精神的に歪んでいく。 成人するのは大変だろう。貧困はとりわけ女性をきびしく襲う。 どこの国でも女性の路上生活者は男性よりもはるかに厳しい状況に置かれています。子供を育てなければならなかったり、日雇いの仕事に就きづらかったり、強姦や強盗の危険にさらされていたりしています。特にイスラーム諸国などでは、女の路上生活者は1人ではろくに歩き回ることができないために、物乞いすらできないという状況に置かれることもあるのです。P109 貧困は人の心性をも貧しくするが、なかには聖人のような人もいる。 日本などの海外へ売春に出かけ、親元へと仕送りをしたにもかかわらず、帰国してみれば親や身内も貧乏になっていた。 本人は若くないし、外国人に身を売った前歴のために、差別の視線に晒される。 そうした女性たちを、保護している女性がいるという。 売春婦だったことを、多くの人はさげすみの目で見る。 しかし、彼女は日本行きさんたちが売春で仕送りをしたから、スラムの人たちが生き延びることができたのだ。 日本行きさんたちは地域の救い神だ、と彼女は大切に扱っているという。 しかし、貧乏人もまた差別をする。 こうした女性は例外であろう。 貧乏人が病気で死に直面したとき、近代的な病院はお金をもってこいというだけである。 しかし、怪しげな街の薬売りは、死ぬまで付き合って、無償で終末ケアーをしていく。 病気を治すことが、薬売りの指命だから、病人を前にしたら付き合うのだという。 赤ひげ的な医者は、伝統的な社会にいたのかもしれない。 昔はどの国も、今の先進国のような福祉制度が整っていなかったので、放っておけばハンディのある人は生きていけませんでした。そこで福祉制度の代わりとして、宗教が喜捨というシステムで貧しい人に最低限の生活を保障していたのです。だからこそ、逆にまだ福祉制度が整っていない途上国では、今も宗教心にもとづいた喜捨が物乞いの生活を成り立たせているのです。P161 途上国では、物乞いは立派な職業である。 同情を売って、対価として金銭をもらっている。 いかにして同情をうるか、そこが職業人の腕の見せ所である。 ここまでは納得するが、そのために子供の身体を傷つけるとなると、しかも、それが組織的に行われるとなると、絶句するしかない。 一度、この構造の中に入ってしまうと、傷つけられた子供が、その環境になじんでしまう。 身体が傷ついているから、同情されるのだし稼げるのだ。 食えないことよりは、今の状況がまだマシだと、子供自身が考えている。 不幸が不幸を不感症にし、むしろ不幸を歓迎しさえする。 解決の方法がないだけに、暗澹たる気持ちになる。 最後に売春編を設けているが、大学フェミニズムが言うような状況ではない。 オランダ、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカの一部の州などの先進国では、すでに売春が公認されている。 それに対して、途上国ではタイなどの例外を除き、ほとんどが禁止されている。 タイなど売春公認国でも、未成年の売春は禁じられている。 すると、貧困によって家族が崩壊に直面しても、売春で稼ぐわけにはいかない。 未成年であるという理由で、法の保護が貧困を助長する。 身体を売れない男の子は、女の子以上の過酷さに投げ込まれているように、売春とは女性差別の問題というより、貧困の問題である。 当サイトは先進国での自発的な売春は肯定するが、人身売買をともなう途上国での売春には、積極的には賛成しない。 しかし、売春反対といったところで、虚しさがつきまとう。 むしろ、女性を買って、お金をたくさん払うことのほうが、彼女たちには優しい対応なのかも知れない。 のどかな原始生活は、全員が貧乏だった。 全員が早死にだった。 しかし、いまから全員が裸の原始生活に戻ることはできない。 近代が豊かさをもたらし、近代は絶望的な格差を生みだしたが、近代化を止めろと言うわけにはいかない。 貧困は一筋縄では解決できない。 途上国を歩くときは、せめて喜捨しよう。 (2009.4.15)
参考: 雨宮処凛「生きさせろ」太田出版、2007 菊池勇夫「飢饉 飢えと食の日本史」集英社新書、2000 アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000 紀田順一郎「東京の下層社会:明治から終戦まで」新潮社、1990 小林丈広「近代日本と公衆衛生 都市社会史の試み」雄山閣出版、2001 松原岩五郎「最暗黒の東京」岩波文庫、1988 鬼頭宏「人口から読む日本の歴史」講談社学術文庫、2000 塩見鮮一郎「異形にされた人たち」河出文庫、2009(1997) 速水融「歴史人口学で見た日本」文春新書、2001 佐藤常雄「貧農史観を見直す」講談社現代新書、1995 杉田俊介氏「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005 塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002 横山源之助「下層社会探訪集」文元社 大山史朗「山谷崖っぷち日記」TBSブリタニカ、2000 三浦展「下流社会」光文社新書、2005 高橋祥友「自殺の心理学」講談社現代新書、1997 長嶋千聡「ダンボールハウス」英知出版、2006 石井光太「絶対貧困」光文社、2009 杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005 雨宮処凛ほか「フリーター論争2.0」人文書院、2008 金子雅臣「ホームレスになった」ちくま文庫、2001 沖浦和光「幻の漂泊民・サンカ」文芸春秋、2001 上原善広「被差別の食卓」新潮新書、2005 ジュリー・オオツカ「天皇が神だった頃」アーティストハウス、2002 G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001 G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000 六嶋由岐子「ロンドン骨董街の人びと」新潮文庫、2001 エヴァ・クルーズ「ファロスの王国 T・U」岩波書店、1989 バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう:忘れられた生活様式」鹿島出版会、1985 高尾慶子「イギリス人はおかしい」文春文庫、2001 瀬川清子「食生活の歴史」講談社学術文庫、2001 西川恵「エリゼ宮の食卓 その饗宴と美食外交」新潮文庫、2001 アンソニー・ボーデン「キッチン・コンフィデンシャル」新潮社、2001 ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994 会田雄次「アーロン収容所」中公新書、1962 今一生「ゲストハウスに住もう!」晶文社、2004 レナード・ショッパ「「最後の社会主義国」日本の苦悩」毎日新聞社 2007 岩瀬達哉「新聞が面白くない理由」講談社文庫、1998 山本理顕「住居論」住まいの図書館出版局、1993 古島敏雄「台所用具の近代史」有斐閣、1996 久家義之「大使館なんかいらない」角川文庫、2001 田中琢&佐原真「発掘を科学する」岩波新書、1994 臼田昭「ピープス氏の秘められた日記」岩波新書、1982 パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002 下川裕治「バンコクに惑う」双葉文庫、1994 清水美和「中国農民の反乱」講談社、2002 編・暁冲「汚職大国・中国」文春文庫、2001 顧蓉、葛金芳「宦官」徳間文庫、2000 金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002 邱永漢「中国人の思想構造」中公文庫、2000 中島岳志「インドの時代」新潮文庫、2009 山際素男「不可触民」光文社、2000 潘允康「変貌する中国の家族」岩波書店、1994 須藤健一「母系社会の構造」紀伊国屋書店、1989 宮本常一「宮本常一アフリカ・アジアを歩く」岩波書店、2001 コリンヌ・ホフマン「マサイの恋人」講談社、2002 川田順造「無文字社会の歴史」岩波書店、1990 ジェーン・グドール「森の隣人」平凡社、1973 阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」講談社学術文庫、1991 永松真紀「私の夫はマサイ戦士」新潮社、2006
|