匠雅音の家族についてのブックレビュー    女子刑務所−女性看守が見た「泣き笑い」の全生活|藤木美奈子

女子刑務所
女性看守が見た「泣き笑い」の全生活
お奨度:

著者:藤木美奈子(ふじき みなこ)講談社文庫、2001年、  ¥495−

著者の略歴− 1959年大阪市生まれ。大阪市立大学経済学部中退。2年間のアフリカでの空手指導、女子刑務所看守、人材派遣会社役員など、さまざまな職を経て、1990年より執筆・企画制作業「AMIDA」を営む。1994年より、女性の自立支援NPO法人「WANA関西」(会員180名)代表。雇用を選べない女性たちの、独立開業という形の経済的自立を支援している。また家庭内暴力の体験者でもあり、独自の人生観による講演・講座で、多くの女性を励ましている。著書に「10年後はもっと働ける」出版文化社、「2047年の就職・転職情報」共著 発行・ライブストーン 発売・星雲社がある。http://www.wana.gr.jp/

 男性の刑務所にかんしては、すでに多くの本が書かれている。
受刑者から書かれたものも多い。
しかし、看守が書いたものは少ない。
本書は2年間の看守体験を記したもので、看守から見た受刑者と看守自身の観察記である。

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 筆者の生い立ちが、ちょっと変わっている。
女性の単親家庭で育ち、13歳から空手を学ぶ。
全国大会まで出場するが、精神的には追いつめられた生活をしている。
初めて結婚した男性とは、家庭内暴力にみまわれ、八方ふさがりの状態だった。
そこで職業は、交友関係の狭い刑務官である。
彼女の人生には、広がっていくという方向性がなかった。
そんな彼女は、現在では再婚して子供にも恵まれ、幸せな生活を営んでいる。
だから自分の生活を、冷静にふりかえることができる。

 看守とは厳しい職業であるらしいとは、すでに知ってはいた。
刑務官と呼ばれる公務員は、法務省の官僚制度のもと、上級職と現場の職員からなり、上級職は出世していくエリートである。
そのため、刑務所にきてもお客さんで過ごす。
現場のよごれ仕事は一生にわたって刑務所に勤務する人たちが担っている。
看守の勤務時間は不規則である。
別種の人間とされている人々との付き合いになるから、特別な環境が看守自身に与える影響も大きい。

 わが国の刑務所は、国連から人権侵害の疑いがもたれるほど、囚人たちを過酷に扱っている。
刑務所はいまだに監獄法が通用し、まったく前近代である。
囚人を過酷に扱うところでは、それを管理するほうにも過酷になるのは当然である。
わが国の刑罰は、罪刑法定主義であるにもかかわらず、まだまだ懲罰的な色彩が色濃く残っている。
そのため、看守たちも何時しか、自分が懲罰するつもりになってしまう。
筆者はそれを次のように戒めている。

 その人がそこにいること、これこそが罪をつぐなうことなのであって、看守や職員が代わってその責めを行うのは本筋ではないと考えるからだ。P249

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 管理するのは、管理されるのと裏腹である。
管理しようとすれば、舐められてはいけないと、強権的にならざるをえない。
しかし、受刑者はしたたかである。
新米の看守など、へでもない。センセイと呼んで、冷やかすのである。

 緊張で混乱する私の心中を見すかしているかのように、彼女(=受刑者のこと)たちは、慣れた手つきで掃除をしながらもチラリ、チラリとこちらをうかがっている。見慣れない私を観察しているのだ ろう。しばらくして、ただボーツと突っ立っている私に向かって、ひとりの受刑者が近づいてきた。私の脈拍が一挙に上昇し、耳が赤くなるのを感じた。心臓の音が彼女に聞こえないかと心配だった。その受刑者は40代半ばくらいだろうか。もちろん、素顔である。

 舐められないようにと看守も、新米のうちは緊張する。
人間はみな平等といっても、刑務所のなかでは利害が対立している。
看守はみずから選んだ職業であるが、受刑者は不本意にも行動を制限された人たちである。
受刑者たちはおとなしくして、一日も早く出所したいに決まっている。
しかし、刑務所が生活の場であれば、そこで生きるしかないので、泣き笑いが生まれるわけである。
女性の刑務所は、男性の刑務所と違うらしい。

 私たちは女子刑務所で働く人間だが、男子施設はやはり女子のそれとは、さまざまな点でちがっていると感じた。
 まず、塀も高いし、守りも厳重である。和歌山刑務所(=筆者の勤務する刑務所)の建物も古いが、大阪刑務所はもっと古めかしい。ここに積まれているレンガは、かつてすべて受刑者の手によって積まれ、舎房や、各室のサイズも明治時代のままと聞いた。
 そういう意味で言えば、大阪刑務所は私が見た施設の中でも、もっとも刑務所らしい建物だった。暗く、いかめしく、厳然としていた。とくに独居部屋はかなりの迫力に満ちている。短いながら看守経験のある私たちでさえ、ちょっとゾツとする様相だった。P159


 現在も女性の犯罪は増えている。
その半分が覚醒剤関係だという。
男性の犯罪は多岐にわたっているが、女性は覚醒剤に集中している。
男性支配の現代社会が、女性を受け身的にしているからであろう。
しかし、女性が台頭する今後は、女性も男性と同じような犯罪をおかすようになる。
家庭内暴力というと、男性から女性へ暴力がふるわれるように想像する。
が、2001年の1〜5月に検挙された家庭内暴力による殺人件数は、夫によるもの51件、妻によるもの29件である。
男女の平等は、不可避的に犯罪にも反映する。

 最底辺にこそ、人権の真実の表現がある。
筆者も訴えているが、刑務所の待遇を改善すべきである。
それは受刑者のためだけではない。
看守のためでもあり、国民のためでもあるのだ。    
(2003.2.28)
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参考:
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002年
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
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黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009

エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鈴木邦男「公安警察の手口」ちくま新書、2005
高沢皓司「宿命」新潮文庫、2000
見沢知廉「囚人狂時代」新潮文庫、2000
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
山本譲司「累犯障害者」新潮社、2006
足立正生「塀の中の千夜一夜」愛育社、2005
三浦和義「弁護士いらず」太田出版、2003
浅野健一「犯罪報道の犯罪」新風舎文庫、2005
山崎哲「<物語>日本近代殺人史」春秋社、2000
菊田幸一「日本の刑務所」岩波新書、2002
有村朋美「プリズン・ガール」新潮文庫、2005
佐藤清彦「にっぽん心中考」文春文庫、2001
管賀江留郎「戦前の少年犯罪」築地書館 2007
浜田 寿美男「自白の研究」三一書房、1992
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
流山咲子「女子刑務所にようこそ」洋泉社、2004
藤木美奈子「女子刑務所」講談社文庫、2001
ヨシダトシミ「裁判裏日記」成美堂出版 2008
小室直樹「痛快!憲法学」集英社、2001
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
D・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」シュプリンガー・フェアラーク東京、2004
河合幹雄「安全神話崩壊のパラドックス」岩波書店、2004

河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書、2009


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