匠雅音の家族についてのブックレビュー    囚人狂時代|見沢知廉

囚人狂時代 お奨度:

著者:見沢知廉(みさわ ちれん)  新潮文庫、2000年  ¥514−

著者の略歴−1959(昭和34)年東京生れ。中央大法学部中途除籍。中学で非行に走り暴走族、登校拒否。高校在学中、新左翼セクト活動家となる。’79年東京サミットでの決起が実現せず失望し、新右翼民族派へ。リーダーとしてゲリラなどを指導する。’82年英国大使館火炎瓶ゲリラ、スパイ粛清事件で逮捕され、懲役12年の刑を受けた。‘94(平成6)年獄中で書いた小説「天皇ごっこ」で新日本文学賞を受賞。同年に出所後、「囚人狂時代」「調律の帝国」などの作品を発表、大きな話題を呼んでいる。

 本名:高橋哲央(たかはし・てつお)2005年9月7日、横浜市戸塚区俣野町の自宅マンションから飛び降り、死亡した。出所後は右翼民族派の代表を務めたこともあったが、「政治休養宣言」中だった。

 かつて左翼つまりブント系のセクトに属した筆者は、一転して新右翼一水会の活動家になる。
新左翼の過激派と、新右翼は心性が似ているらしく、
本書のなかにも両者のシンパたちが行き来する状況が、しばしば登場する。
両者は上意下達の組織なのだろう。
しかし、私にはこの心性はどうも理解できない。
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 本書は、指名手配から逃れることができずに、交番に出頭するところから始まる。
その後の裁判経過などは省略し、もっぱら留置場・拘置所・刑務所での生活を描いたものである。
筆者は、12年の懲役刑をうけたので、長期受刑者が収監される千葉刑務所にはいる。

 最初の3年間は模範囚だったが、
あとの8年間は反抗したので、厳正独居つまり昼夜を通して独房に入れられていたという。
厳正独居は人権をゆがめるので、世界的に禁止される傾向にあるが、
わが国は本当の意味での教育刑ではなく懲罰刑であるから、
厳正独居という人権無視が横行している。
刑務所の状況は、いまだに明治の監獄法が適用されており、人権という概念はなきに等しいだろう。

 千葉刑務所は関東で大きな事件を起こした者すべてが集まる「伝説」の長期刑務所である。殺人や放火、誘拐、銀行強盗など、社会面を賑わせた凶悪犯ばかりが入っている。ここにいる囚人の3〜4割は無期懲役囚なのだが、無期は模範囚で務めても、最短在監年数20年である。
 ……20年。単純に「長い」と言うだけで、とてもこの年月の過酷さは表現できない。失意のうちに獄死したり、発狂してしまった知り合いを何人見たことか。俺は23歳で入って35五歳で出たわけだが、やり直しのできる齢と体で長期刑務所を出るのは本当に稀なことなのだ。P12


 わが国の刑罰の体系は、近代的な一応の体裁ができている。
しかし、刑に服させること自体を、社会的な抹殺だとみなす常識が、受刑者を特別視させている。
官憲が正しく、私人には権威がないという構造、これはそう簡単に改まりそうもない。
政治が国民意識の反映なら、刑罰もまた国民意識に支えられているのだ。

 新入りの筆者に、浅間山荘に立てこもった連合赤軍の吉野雅邦さんが、仕事を教えてくれたという。

 ずいぶん親切な人(=吉野雅邦さんのこと)だな、と思った。刑務所では普通、 新入は周りの様子を真似ながら物事 を覚えていくもので、慣れるまでは古参の囚人に対しても軽々しい口はきけない。そういう 場所だから、進んで後輩の面倒を見る者も滅多にいないのである。P106

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 刑務所のなかだけではない。
わが国には教育という概念が生まれなかった。
教育とは学校内で行われるもので、社会では先達は後輩を教えない。
学校が何か別世界と感じられる。
見て覚えろ、技術は盗むものだ、職人の教育もまったく同じである。

 現にある秩序に従わないものは、いかなる理由であれ反抗者と見なされる。
当然の権利が権利として認められていないのも、社会にあるのと同様である。
警務所内の反抗囚とは、刑務所の幹部に面会を求めて願書を出したり、
訴訟を起こしたり、人権委員会や法務省などに文句を言ったりする者である。
無実を訴えて、再審を要求し続ければ、彼は反抗囚扱いとなる。

 模範囚であれば刑が満期になる前に、仮出所が認められることがあるので、
多くの人は反抗的な態度をとらない。
官憲にへつらっても、なるべく短い期間で出所しようとする。
これも当然だが、こうした制度自体が、人権をゆがめてもいる。
 
 官はいつも、まず怒鳴ることで威嚇する。それでも反抗する者には注意処分や減点、それでもダメなら懲罰。その上は保護房、自殺房、その果てには八王子医療刑務所の精神舎がある。ここは一昔前はロボトミー、今でも向精神薬や電気ショックが多用されている完全な<カッコーの巣の上>だ。五体満足では帰れない。だからどんな強者も、八王子の名を出されたら、恐怖のあまり泣いて平伏してしまう。刑務所を支配するのは理屈でも規律でもない、恐怖なのだ。その恐怖を背景として、官と囚人の間には、軍隊式の厳然たる上下関係が成り立っている。P163

 一昔前の父親の態度とそっくりである。
父親は子供を怒鳴り、殴ることを躾と称した。

 案の定、警備隊が数人飛んできた。警棒で殴ったり蹴ったりする音が聞こえてくる。それでもおとなしくならなかったらしい。後ろ手錠に猿ぐつわの拘束衣を着せ、ウーウーと坤いているのを、警備隊がどこかへ運んでいった。と、鳥を潰すような低い悲鳴が聞こえ、しばらくして、そいつがトロンとした目をして引きずられて帰ってきた。
 ……電気ショック、だ。
 小説や映画では見たことがあったが、現実に見るのは初めてだ。怖い。これは怖い。P192


 筆者の本を出版しようと言われたとき、筆者の反応は出版社の社長が長期刑のOBではないか、と疑った。
それには次のような事情がある。

 
長期刑のOBは、まず3分の2以上が社会復帰できず、残りの3分の1も、重い後遺症を引きずって社会の片隅で不安定な仕事をして生きる。社会復帰できない3分の2は体を壊して福祉施設入りか、精神の変調で精神病院を転々とする。または、2〜3万円の金にも困る生活をしながら、かつてのOB仲間のところを回って、「一緒に大仕事をしよう!」「50万投資してくれ。2千万にしてみせる」と寸借詐欺師にまで落ちてしまう。P266

長期刑務所の日常を、ユーモラスかつ真摯に描いた体験記である。
(2002.11.29)
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参考:
ジョン・デューイ「学校と社会・子どもとカリキュラム」講談社学術文庫、1998
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001、
杉山幸丸「子殺しの行動学:霊長類社会の維持機構をさぐる」北斗出版、1980
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972
ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年

イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
芹沢俊介「母という暴力」春秋社、2001
鈴木邦男「公安警察の手口」ちくま新書、2005
高沢皓司「宿命」新潮文庫、2000
見沢知廉「囚人狂時代」新潮文庫、2000
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
山本譲司「累犯障害者」新潮社、2006
足立正生「塀の中の千夜一夜」愛育社、2005
三浦和義「弁護士いらず」太田出版、2003
浅野健一「犯罪報道の犯罪」新風舎文庫、2005
山崎哲「<物語>日本近代殺人史」春秋社、2000
菊田幸一「日本の刑務所」岩波新書、2002
有村朋美「プリズン・ガール」新潮文庫、2005
佐藤清彦「にっぽん心中考」文春文庫、2001
管賀江留郎「戦前の少年犯罪」築地書館 2007
浜田 寿美男「自白の研究」三一書房、1992
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
流山咲子「女子刑務所にようこそ」洋泉社、2004
藤木美奈子「女子刑務所」講談社文庫、2001
ヨシダトシミ「裁判裏日記」成美堂出版 2008
小室直樹「痛快!憲法学」集英社、2001
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
D・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」シュプリンガー・フェアラーク東京、2004
河合幹雄「安全神話崩壊のパラドックス」岩波書店、2004

河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書、2009

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