匠雅音の家族についてのブックレビュー    アンデルセン、福祉を語る−女性・子供・高齢者|G・エスピン−アンデルセン

アンデルセン、福祉を語る
女性・子供・高齢者
お奨度:

著者:G・エスピン−アンデルセン  NTT出版 2008年 ¥1800−

著者の略歴−ボンペウ・ファブラ大学教授(スペイン)。1947年デンマーク生まれ。ハーバード大学、ヨーロピアン大学、トレノ大学などを経て、現職。福祉国家研究、比較政治経済学において今日もっとも重要な論者として大きな注目を集めている。主な著書に、『ポスト工業経済の社会的基礎』(桜井書店、2000年)、『福祉資本主義の三つの世界』(ミネルヴァ書房、2001年)、『福祉国家の可能性』(桜井書店、2001年)などがある。
 「ポスト工業経済の社会的基礎」 「福祉国家の可能性」と、この筆者の著作はすでに2冊とりあげている。
ボクが筆者を高く評価するのは、すでに先進国では工業社会が終わり、脱工業社会にはいっており、脱工業社会の社会のあり方を考えているからである。
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アンデルセン、福祉を語る

 筆者は福祉の役割をさらっと述べたあとで、今後の福祉国家のあり方を検討する。
まず、福祉とは経済成長のお荷物ではないという。
工業社会で、消費を安定的に維持するために行う、社会政策だったと位置づける。
社会保険制度は、雇用主にたいして労働力の忠誠・安定確保・品質を保証した。
福祉に力を入れると、経済成長の足かせになるという議論にたいして、まず歯止めをかける。

 社会福祉は恵まれない人のためにするのではない。
有効需要を維持するために、所得を再配分しているのである。
働く男性と家事に従事する女性という核家族のなかで、賃金を得る男性世帯主に社会保障の権利を与える。
これを家族全員に拡大するシステムが、健康保険制度であり、失業保険であり、年金だった。
だから、性別役割分業の核家族が続くかぎり、この社会福祉はうまく機能した。

 しかし、脱工業社会になり、男性の長期雇用を前提する核家族制度が崩れてきた。
そして、それに輪をかけているのが、長寿化である。
肉体労働が主だった工業社会では、40歳頃がもっとも生産性が高く、加齢と共に生産性が下がってきた。
そこで55〜60歳で退職させ、余生を年金生活で送るように計画していた。
 
 肉体労働者より頭脳労働者のほうが長生きである。
平均的にいって、頭脳労働に従事する者のほうが、5年は長生きする。
今後、この差はますます開くだろう。
肉体労働から頭脳労働にかわり、人生設計が根本的に変わったのだ。

 頭脳労働化したため、女性の社会進出が進んだ。これを筆者は、女性革命と呼ぶ。

 女性革命が未完であるとすれば、それは女性が社会階層に引きずられているからでもある。
 女性革命の尖兵には、中産階級からのインテリ女性の姿が見られるが、教育水準の低い女性が就職する機会は低く、従来型の主婦に納まるケースが多い。しかしながら、この点に関しては各国の事情は大いに異なる。スカンジナビア諸国では教育水準の最も高い女性と最も低い女性の就労率の隔たりはごくわずかである。また、あらゆる観点から見て、今後、主婦という種族は絶滅する。ところが、大陸ヨーロッパ諸国や南欧諸国では、まったく状況が異なる。例えばスウェーデンでは、教育水準の低い女性の就労率は60%だが、イタリアでは27%にすぎない。フランスでは、他の指標同様に、両国の中間にあたる48%である。同様の図式は幼児をもつ母親のケースにもあてはまる。デンマークやスウェーデンでは、子どものいない女性と2人以上の子どもをもつ女性との間に、就労率の違いはまったくないが、フランスでは両者の間に15ポイントの開きがある。
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 女性革命が我々の福祉制度に深刻な挑戦状を叩きつけていることは想像に難くない。というのは、女性革命は福祉制度を機能させる柱の一つに、根源的影響をもたらしているからである。その柱とは家族である。P6

 女性の就労率の高い国では、子供もたくさん生まれる。
少子化で悩むのは、女性の労働力化に失敗した国だという。
我が国もそうだし、それはすでに統計から証拠立てられている。
筆者の論の白眉は、まず先進国を横断的に調査し、各国の資料を縦横に使っていることだ。
筆者はデンマーク人でありながら、現在はスペインを生活の根拠地にしている。
 
 次に見るべきは、対処療法的な社会保障ではなく、予防的というか予見的な社会保障を提唱している。
まず、資金を負担する労働者を育成することが、もっとも肝要だとし、若年者に対する投資を提唱する。
つまり、社会保障とは後付ではなく、将来への投資であるという。
教育への投資が有利だと知られているが、小学校へ上がる年齢ではすでに遅いと指摘する。

 ここには、情報社会では知的な能力が、生産性を支えるから、小さな時から知的な訓練をすべきだという信念がみえる。
これもそのとおりだろう。
10冊以上本がある家庭と、それ以下の家庭では、子供の理解力に大きな違いがでてくる。
文化的な蓄積と、貧困は概ね並行しているので、金銭援助だけでなく文化的な援助をすべきだという。

 アメリカにおけるシングル・マザーの貧困は有名だが、これはシングル・マザーであることより、シングル・マザーの就業率が低いためだ。
それを例証するごとく、ヨーロッパ諸国ではシングル・マザーは就業しており、必ずしも貧しくはないという。
つまり、配偶者のある核家族であるか、単家族であるかではなく、有職か否かが分け目なのである。
そこで女性の就労を、促進すべきだと力説する。

 核家族的な政策が行き詰まっており、全員が働かなければ、やっていけなくなっている。
女性を労働力化し、稼ぎの中から税金を払ってもらうのだ。
そして、男性が子育てするのは、もちろん家事同様に当然である。
男女ともに、脱性化しなければならない。
そうしたなかで、年金改革の基本は、乳幼児から始めることだという。

 逆説的に思えるかもしれないが、しつかりとした年金政策は、乳幼児から始めるべきである。これには確固たる論拠がある。実際に、年金の果実が将来の退職者間で分配される方法は、今日の子どもたちの間での機会平等の度合いに左右される。将来の退職者間の公平を確保したいと真剣に考えるのであれば、第一段階としては、認知能力の刺激や成績レベルに関して、子どもたちにさらなる公平を確保することであろう。P129

 この結論に関しては、まったく賛成である。
いずれにせよ、情報社会は誰にとっても初めての経験である。
試行錯誤しながら新たな社会を築いていく以外にはないが、情報社会を工業社会の延長とは見ないことだ。
その意味で、本書は読むに値する。
  (2009.11.9) 
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参考:
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
G・エスピン−アンデルセン「アンデルセン、福祉を語る」NTT出版、2008
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
田川建三「イエスという男」三一書房、1980
ポール・ファッセル「階級「平等社会」アメリカのタブー」光文社文庫、1997
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
北見昌朗「製造業崩壊」東洋経済新報社、2006
小俣和一郎「精神病院の起源」太田出版、2000
松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
斉藤茂太「精神科の待合室」中公文庫、1978
ハンス・アイゼンク 「精神分析に別れを告げよう」批評社、1988
吉田おさみ「「精神障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女平等への道」明窓出版、2000
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
三戸祐子「定刻発車」新潮文庫、2005
ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
C.ダグラス・ラミス「ラディカル デモクラシー」岩波書店、2007
オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992


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