匠雅音の家族についてのブックレビュー     子ども兵の戦争|P・W・シンガー

子ども兵の戦争 お奨度:

著者:P・W・シンガー  NHK出版 2006年  ¥2000−

 著者の略歴−米ブルッキングズ研究所上級研究員。同研究所の対イスラム世界外交政策研究責任者。子ども兵問題について米軍の顧問を務めている。1997年プリンストン大学卒業ののち、ハーバード大学で政治学博士号を取得。戦争の民営化を鋭く分析した前著『戦争請負会社』(NHK出版)はイラク戦争をきっかけに世界中のメディアの脚光を浴びた。
 厄介な問題だ。
きわめて、ほんとうに、表現のしようがないほど、非常に困った問題である。
女性の解放は、成人男女をみな「人間」とみなし、全員を平等にし、女性も兵士になる道を開いた。
しかし、残された最後の人権制限者である子供も、兵士になり始めた。
これは子供が平等に扱われていることでもある。
だから困った。
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 前近代では、武士だけが戦闘員で、庶民は非戦闘員だった。
そこでは、年齢が問題になることはなく、武士階級に属するか否かが問われた。
未成年であろうと、武士階級に属すれば、戦闘員たり得た。
しかし、近代が扉を開くと、全員が平等になったが、
未成年者は保護の対象となり、戦闘には参加しない者となった。

 前近代であっても、精確には成人への通過儀礼など、成人か否かの問題はあったが、年齢以上に、階級や身分が大きくものをいった。
女性も同様だった。
支配階級に属するか否かが、人々の生き方を大きく違えていた。
平等になるというのは、恐ろしい現象も招来する。
女性が戦えるなら、子供だって戦えるだろうと言うのだ。

 本書が描く子供兵は、悲惨である。
武士の子供たちのように、現代の子供たちは、選民教育を受けてはない。
未成年とは、判断力が未成熟で、完全な「人間」ではないという扱いだ。
かつては女性が同じ扱いで、保護の対象になっていたが、女性は自立した。
だから、女性も兵士になって、戦うようになった。
しかし、現代の子供は保護の対象である。

 裕福な社会の兵士は、もちろん成人たちだ。
しかし、貧乏な途上国では、子供を兵士に仕立てた。
途上国には近代の人権思想がない。
そのため、効率だけで用兵が決定される。
子供が使えるとなれば、たちまち子供を前線に送り出す。

 子供は成人男性より安価な兵士である。
簡単に養成できるし、不平を言わない。
そのため、洗脳しやすく、危険な任務に配置しやすい。
イランとイラクの戦争では、貧しいイランは地雷除去装置として、子供を使った。
イランは子供兵を地雷原にはなち、その後から正規軍が進んだのである。

 人類の歴史のほとんどを通じて、兵器はそれを使う者の腕力を当てにしていた。また、使いこなすには何年も訓練しなくてはならないのが普通だったため、子どもを兵士にしても役に立たなかった。身体的に未成熟な子どもは、戦闘で役に立つことはもとより、古代ギリシャ装行歩兵の密集方陣に加わる、あるいは中世の騎士の重い甲冑を運ぶといった身体的負担に耐えられなかった。ほんの二世代ほど前まで、第二次大戦時のボルトアクション・ライフル(手動装填式連発銃)など戦場での歩兵携行兵器は重くてかさばり、それが子どもが戦闘に加わることを制限していた。
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 ところが近年、製造過程に、プラスチックを組み込むといった多くの進歩がみられる。つまり、今日の兵器、とくに自動小銃は非常に軽量で、幼い子どもたちでも大人と同じように簡単かつ効果的に使えるのである。もはや「ひとりで持ち運べる」だけでなく「子どもが持ち運べる」ともいえるわけだ。同じくらい重要なのが、こうした兵器のほとんどは、10歳以下の子どもでも解体、組み立て、発射ができるほど取り扱いが簡単になっていることである。P70

 いまではアフリカ、ミャンマー、コロンビアなどで、子供たちが従軍している。
政府の力が弱く、反体制派が武装闘争を展開している地域では、両者が子供を兵士に仕立てる誘惑から逃れられない。
子供はなにより安い兵士だ。
そして、危険を顧みずに戦うし、指導者を信じやすい。
そのうえ、子供兵士は消耗品だ。いくらでも補充がきく。

 部落をまわって誘拐してくれば、子供兵は簡単に養成できる。
もともと貧しい村だから、食料や衣服の提供は、おおきなアメになる。
村全体を一掃してしまえば、子供はいくところがない。
軍事組織が子供の受け入れ先になる。
また、誘拐した村を子供たちに襲わせれば、子供は加害者になってしまい、もはや村には戻れない。

 最悪なのは、子供兵が強いことだ。
14歳の子供が発射した弾丸も、30歳の屈強な兵士が発射した弾丸も、殺傷力は変わらない。
それでいて、子供を殺してはいけないという、心理的なブレーキが働く。

 子どもの兵士と相対する際は、従来は標的にすることが違法とみなされている相手が敵であるというジレンマが生じる。憎むべき敵というより、プロの兵士がかなり同情を覚えかねない相手だ。興味深いことに、戦場における子どもたちの存在は、交戦の通常の目的−敵の戦闘能力の破壊−をある意味逆転させる。従来なら、交戦中は敵を死傷させることが任務を遂行することになる。だが、敵の戦闘員を殺すことを躊躇するのは、子どもの兵士に限ったことではない。(中略)
 ただし肝心なのは、子どもたちと戦って殺すことになると、正規軍の士気がとくに下がる点だ。コロンビア軍のある将枚は、その深刻な影響についてこう語る。「きょう、幼い少女を殺さなきやならなかった。どうしようもなかったんだ。あの子はわたしを撃ってきたんだから」P239

 戦場カメラマンは、子供の死体を好んで撮りたがる。
写真になってしまえば、その背景は無視されて、子供を殺したイメージだけが、世界中を駆けめぐる。
子供を使っている軍事組織より、西側の援助軍が非難されかねない。

 子供と大人境界が消失しているのは、先進国だけではない。
カラシニコフ自動小銃のような優れた兵器の開発が、子供たちを有能な兵士に仕立て上げる。
それは腕力無用のコンピューターが、子供や女性を労働者化するのと同じ現象である。

 本書は、もちろん子供兵士に反対の立場で、その撲滅方法も書いている。
子供兵士をなくすのはきわめて難しそうだが、ぜひとも子供を兵士から解放すべきだ。
映画「ブラッド・ダイヤモンド」が子供兵を描いていた。   (2008.6.05)
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
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アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
石原里紗「ふざけるな専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
田嶋雅巳「炭坑美人 闇を灯す女たち」築地書館、2000
モリー・マーティン「素敵なヘルメット 職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
シェア・ハイト「なぜ女は出世できないか」東洋経済新報社、2001

下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
ジョン・デューイ「学校と社会・子どもとカリキュラム」講談社学術文庫、1998
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G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
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磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
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ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005
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イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
芹沢俊介「母という暴力」春秋社、2001
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991


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