匠雅音の家族についてのブックレビュー    プリズン・ガール−アメリカ女子刑務所での22か月|有村朋美

プリズン・ガール
アメリカ女子刑務所での22か月
お奨度:

著者:有村朋美(ありむら ともみ) 新潮文庫、2005年   ¥620−

 著者の略歴−1977年東京生まれ。高校卒業後、OL生活をへて、21歳の時にアメリカ・ニューヨークに渡る。ロシアン・マフィアの男性と恋人関係になったために麻薬密売組織への関与を疑われ、FBIに逮捕。24歳の時より約2年間、コネティカット州の連邦女子刑務所に収容された。服役を終え、日本へ強制送還となった後、獄中記となるこの本を書き姶めた。

 我が国も本当に国際化してきた。
国内で犯罪を犯して捕まる外国人が増えると、同時に日本人も外国で捕まることが増える。
2004年に流山咲子さんが、日米両国で服役して「女子刑務所にようこそ」を書いたが、
今度はアメリカで収監された女性の体験記が出版された。
リズム感あふれる達者な文章で、面白くまた楽しく読める。
ゴーストライターを使わずに、これだけの文章が書ければ、すぐにプロの物書きになれる。
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 2001年、24歳の筆者は、アメリカ連邦刑務所に収監された。
麻薬の密売組織に関係した罪で、22ヶ月にわたり拘束され、釈放後に日本への強制送還となった。
その体験記を上梓したのだが、阿部譲治さん以降、
刑務所体験はいまや恥辱ではなく、公言できる出来事となったようだ。
犯罪者は差別の対象にならなくなったのか!!!

 ロシアン・マフィアの男性の恋人になり、気がつかないうちに麻薬の運び屋を演じていた、というのが彼女の主張である。
もちろん、彼女は恋人がロシアン・マフィアであり、彼が麻薬の売人をしていることを知っていたので、有罪となったことは仕方ないことだと考えている。
だから、きっちりと刑期をつとめあげて、立派に帰国したのだ。

 彼女の犯罪や生き方を、云々しようと言う気はまったくない。
このサイトが本書を取り上げるのは、外国の刑務所事情を考えるためだ。
我が国では、凶悪犯の増加などといって、重罰化の方向にある。
先進国としては、異常に古めかしい監獄法をもつ我が国は、刑務所で人権無視が横行していることは有名である。
しかも刑務所の待遇は、一向に改善されそうもない。

 アメリカの刑務所は、犯した犯罪によって、異なった場所に収監される。
州や郡の刑務所、それに連邦刑務所など、収監される刑務所によって、待遇がひどく違うようだ。
重罪人を収容する刑務所は、警備も非常に厳しいらしい。
しかし、それでもアメリカでは、拘束すること自体が刑罰だと考えているので、
我が国の刑務所とは違って、囚人を1人の人間としてみているのが、本書を読んでいると良くわかる。 
 
 (連邦刑務所では)朝8時30分になると、レクリエーションルームと運動場が開放され、自由に使用できる。ユニットごとに、シャワールーム、テレビルーム、電話ルーム、ランドリールーム、電子レンジルームがそれぞれあって、消灯までは自由に使える。午後4時には全員点呼があって、実質的にはこれが1日1回だけの点呼になる。午後9時30分にユニットのドアが閉められ、午後11時に消灯。P83

 規則では6時起床だが、誰もそんな規則を守ってはいない。
彼女は、前の晩に遅くまで本を読んでいて、翌朝には朝寝坊を楽しんでいた。
そのときに、濃霧発生により緊急点呼があった。
しかし、彼女は寝ていて気がつかない。
看守の声であわてて起きたが、看守の詰所に呼ばれただけで、何の咎めもなっかたと言う。

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 朝寝坊など、我が国の刑務所では考えられないことだ。
そもそも刑務所で、電話や電子レンジが自由に使えることなど想像もできない。
その自由さには驚くが、これが当然だろう。
我が国の刑務所では自由はない。
規則を守らないと、厳しい懲罰がおこなわれ、拘束衣や独居房がまっている。
我が国では、囚人は一度刑務所へ入った以上、物のように扱われる。
基本的人権はないに等しい。

 連邦刑務所には売店があって、食料品や煙草(1年後禁制品になつた)、化粧品や下着、身のまわり品と、かなりの物が購入できる。商品の値段は、外の世界とほぼ同じ。特別に安いということはない。また、外へ電話をかけることもできる。有料で、1ケ月ひとり400分までOK。国際電話も可能だ。ただし、電話を受けることはできない。
 自分で仕事を選び、働き、給料を口座へ振りこんでもらい、そこから引きおとして、売店で物を買い、電話する。ある意味、連邦刑務所は閉ざされたミニ社会だ。P84


 所内でいちばん給料がいいのは、製造工場での仕事だった。ただし、これは長期刑囚じゃないとやらせてもらえない。グロリアはその仕事に長く就いていて、熟練工となり、月給200ドルを稼いでいた。景気のよい時期はさらに高かったそうだ。工場労働者のなかには給料を家族へ仕送りしている囚人も多い。実際、衣食住は基本的に無料なわけだから、給料全部を送れば、物価の低い外国へだと、そこそこいい金額を仕送りできることになる。P117

 アメリカでは人種差別が、犯罪に影響を与えているのは事実である。
黒人やヒスパニックの犯罪率は、白人のそれに比べて非常に高く、
劣悪な経済的な境遇が犯罪者を生んでいる。
白人警察官は、黒人と見れば暴力的な対応をしがちである。
しかし、それでもアメリカは犯罪者を人間として扱う。
それは犯罪者に白人が多かった時代から、変わっていない。

 囚人も人間であり、基本的人権は守られるべきだ。
アメリカの法律はそう考える。
だから、通信の自由も、労働の義務と権利も、そして、なにより自立の権利も保障しようとする。
自由を拘束すること自体が刑罰だから、それ以上に人格をおとしめるようなことはしない。
筆者も書いているが、刑務所は現実社会のミニ社会であるべきと、
アメリカのみならず先進国の人たちは考えている。

 刑務所を人権無視の特殊な環境にしてしまったら、
収監されているあいだに自立的に行動する習慣を失ってしまう。
強制的な日々を続けると、出所後に彼等(女)たちは、通常の社会人として生活できなくなってしまう。
それでは刑罰が人間の社会性を殺すことになってしまう。
だから先進国では、囚人といえども基本的人権は、保証しようとする。

 収監されていた2年間に、たった1度だけ日本領事館の職員が面会に来たと、
筆者は感謝しているが、むしろ少ないのではないだろうか。
日本人の囚人は、たった1人なのだ。
全米でもごくごく少数だろう。
外国にいる日本人の保護が、領事たちの仕事であれば、半年に1度の面会でも少ないだろう。

 筆者のような人たちが大量発生するのは、良いこととは言えないかも知れない。
しかし、刑務所はその国での人権の有りようが、集中的に表現される。
我が国がいかに特殊かを知るには、とても良い体験だと思う。
今後も、刑務所の体験記はどんどん上梓して欲しい。

 収監される前、彼女は一時保釈になっていた。
そのとき、彼女の父親が死んだ。
彼女は葬儀に出席するため、当局の許可を得て、日本へ一時帰国している。
そして、収監されるためにアメリカへ戻るのだが、
保釈中の人間に一時帰国を許すアメリカは、やはり自由の国である。
本書から教えられる事実が多い。  (2006.2.05)
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参考:
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002年
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009

エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鈴木邦男「公安警察の手口」ちくま新書、2005
高沢皓司「宿命」新潮文庫、2000
見沢知廉「囚人狂時代」新潮文庫、2000
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
山本譲司「累犯障害者」新潮社、2006
足立正生「塀の中の千夜一夜」愛育社、2005
三浦和義「弁護士いらず」太田出版、2003
浅野健一「犯罪報道の犯罪」新風舎文庫、2005
山崎哲「<物語>日本近代殺人史」春秋社、2000
菊田幸一「日本の刑務所」岩波新書、2002
有村朋美「プリズン・ガール」新潮文庫、2005
佐藤清彦「にっぽん心中考」文春文庫、2001
管賀江留郎「戦前の少年犯罪」築地書館 2007
浜田 寿美男「自白の研究」三一書房、1992
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
流山咲子「女子刑務所にようこそ」洋泉社、2004
藤木美奈子「女子刑務所」講談社文庫、2001
ヨシダトシミ「裁判裏日記」成美堂出版 2008
小室直樹「痛快!憲法学」集英社、2001
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
D・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」シュプリンガー・フェアラーク東京、2004
河合幹雄「安全神話崩壊のパラドックス」岩波書店、2004

河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書、2009

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